テキスト | ナノ

こういう体質のせいか、それともただ俺の性格のせいか。
高校の時に大した友人も作らずにいたもんだから知り合いが少ない。
別にそれを今更気にするわけではないのだが、やはり不便だと痛感する。

――例えば財布を落とした、とかいう時だったり。

取り敢えず、新羅に電話をした。仕事で出ない。
トムさんは今出掛けていて手が放せなくて来れないそう。
詰んだ、確実に歩いて帰るという選択肢以外は与えてくれそうにないらしい。

はあ、と一つ大きい溜め息を吐いて携帯を閉じる。
割と家から遠い所に来てしまったから歩くのはキツい。
こういう時に体力があるのは便利だとは思うが。
セルティも多分仕事で忙しいと思うし、臨也なんていうのは論外だし、まず連絡先なんて携帯に入れていたら腐る。
ここは潔く諦めて地道に歩いて帰るか、そう決意しかけた時。



どこか懐かしい温かい声が俺の名前を呼んだ。







「あ、やっぱり平和島くんだ。覚えてる? 来神のさー、」

「………あ、先輩。久しぶり、っす。家、ここら辺なんですか?」

「うん、そうなの。滅多に池袋行くことないからね、本当久しぶり」



振り向くとそこには中学・高校時代の先輩がいた。
昔から明るいものの落ち着きがあって大人っぽかったのだが、あれから数年。
まあ、一段と綺麗になった。

制服じゃないせいか少し違う人に見えてしまうけれど、雰囲気はあの時の先輩と同じで変わっていない。
確か先輩はあの後、進学せずに就職したんだっけか。
昔は池袋に住んでいたのに引っ越したんだな、通りで見かけないわけだ。
なんて一人で自己解決していると先輩が「どうしたの?」と聞いてきた。

聞き返すと、俺が一人で突っ立っていたから気になって声をかけたそうだ。
全く変わってないからすぐに分かった、と笑って言う先輩を見ていると学生時代に戻ったような感覚に陥る。



恥ずかしながらも事を説明すると本気で心配してくれた。
財布と言っても本当に二千円程度しか入っていないし、クレジットカードとかそういう大事なものはないから手持ちのお金がないというだけでそこまで自分は焦ってない。
ただ家までの道のりが少々長いだけだ。

久しぶりに先輩に会えたし、別にいいかと思っていたら先輩が財布を取り出して俺に千円札を何枚か渡してきた。
こんなの男が受け取れるか、しかも先輩だぞ。なんて一人で取り乱していると、先輩が俺の腕を掴んで無理矢理手の中に収めた。



「素直に受け取りなさい。遠いし、ね?」

「……うっす、すいません」



情けない。なんと情けないことか。

昔密かに好意を寄せていた先輩にお金を借りるなど、男としてどうだろうか。
本当、自分はいつまで経っても先輩には勝てない。
大人になれば多少は頼りがいのある人間にはなると思っていた自分が恥ずかしい。
年齢という壁が越えられない、これほどもどかしいものはないだろう。




昔も、こういう風に年齢の壁を見せつけられたことがあった。
どれだけ年月が過ぎようとも俺と先輩の間は埋められないし、俺が成長したら先輩も成長するわけで。
わかっちゃいることでもやはり心は追いつかないものなんだな。
自分で一人虚しく思っていると、先輩は駅に行くなら一緒に行こうと誘ってきた。
先輩も丁度用事があるそうだ。


先輩と話をしていると落ちつく。
数少ない知り合いで、学生時代というのもあり、懐かしく思うのだが、それとは別にこれは出会った時から思っていた。
母親のような、女性特有の柔らかさというか、きっと包容力があるのだろう。
高校時代も女という性別を抜きにしても先輩には手を上げることも、まず苛立つこともなかった。
それだけ人間の相性が良いのだ。



「仕事、何してるの?」

「あー……、(取立人、とは言えねえよな)」

「ふふ、ごめん。本当はトムから聞いてた」



少し意地悪した、みたいな先輩のちょっとした表情が好きだ。
大人っぽさからは連想させないような無邪気な笑みを浮かべる。
先輩はこういうところで嫌味さを感じられない。
そこも自分がキレない一つのポイントなのだろう。

「平和島くんに合うね」なんて言われちゃ頷くしかない。
それでも馬鹿は喧嘩売ってきたり、借金を返さずに逃げようとする輩は沢山いるのだけど。多少の脅しにはなるな。
そう思うと今の職業が自分に合っているのかもしれない。ただ、平穏ではないが。



「でも喧嘩嫌いなんだもんね。我慢して仕事してるんだ」

「いや、俺がただ単に怒りを抑えられないだけっすから、」

「少しは力、抑えられるようになった…?」

「うっす…」



俺がどれだけ力を抑えようとしたがっていたか、それを先輩は中学・高校の四年間見てきた。
だからこうやって気にかけてくれていることは嬉しい。
「そっか。うん、よかった」なんて俺よりも嬉しそうに笑う先輩の笑顔は温かい。
見ているだけで心が満たされる。

駅に着いて、先輩と別れる。
もう着いたのか、なんて少し残念に思っている自分がいて恥ずかしくなった。
子供みたいだな、と。でも、ぶんぶんと手を振る先輩の方が子供みたいだ。
別れて、自分の方面に向かうと後ろから俺の名前を呼ぶ声がまたした。

振り返ると、やっぱりそれは先輩で。
言い忘れてた、と付け足して俺の元へまたやってくる。





「私、結婚するの」

「え、あ……。おめでとうございま、す…」

「平和島くん、来てくれる? 平和島くんにも祝ってほしいな」



本当に幸せそうに言う先輩。ああ、そりゃそうだ。
こんな素敵な人、放っておくわけない。
そう思いながらも、「勿論です」なんて本当は傷付いているのに笑った。
きっと、これ以上ないほど優しい笑みだったと自分で思う。
本気で祝福している気持ちと、勝手に失恋した思い。

本気で先輩のことが好きだったのか、と今更気付く。
憧れだと思っていたけれど、この心の痛みが証拠。好きだったんだ、先輩が。
人として綺麗な先輩、いつも先輩の笑顔に救われてきた。


「ありがとう」と笑う先輩を見て、穏やかな気持ちになる。
この気持ちは好きと憧れと、少しの切なさ。
早く自分が先に先輩に想いを伝えれば、なんてことは思わなかった。

先輩にとってこっちの方が幸せだっただろうし、もし俺と一緒になったとしてもそれは何処か違うと思う。
こういう風に叶わない恋だからこそ、良かったと思える。



一生忘れることの出来ない片想い。そんなものもあってもいいじゃないか。俺はこれでも幸せなんだから。
先輩との思い出をずっと綺麗なまま心の残すことが出来る、それだけで十分幸せだ。










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