時刻は八時。疎らな生徒の中でも彼の姿がいち早く分かるのはやはり恋の力、とでも言うのだろうか。何か今自分で思っておいて恥ずかしくなってきたかも。、と彼女は思った。
彼はうざったそうに前髪をかき上げて、額についた汗を手の甲で拭っていた。エナメルバッグを肩にふう、と息を一つ吐いて。まだ残る寒さの中で夏の様に暑がって汗をかいているのは周りより少しハードな活動をしてきたからだ。
泉孝介。彼は野球部。登校前に朝練習で活動してきたものなのだろう。それを一目で分かる彼女は今日も頑張ってきたんだなあ。と遠目で見送った後、下駄箱から室内履きを取り出して履き替えた。


(……挨拶、したいな…)


残念ながら内気で小心者な彼女に挨拶というものは難易度が高いらしい。クラスの中でも大きな発言はしないし、暇あれば係の飼育をして愛でている兎に癒される、あまりにも目立たない行動ばかりをしている。そんな彼女は一目惚れだった。始めは目立つ野球部の中で目をいくクールな印象。いつの間にかそれは追っていて、確実に。
自分に無い彼が何だか羨ましかったのだ。一度だけ交わした出来事は教師に頼まれた教材を一緒に運んだ事だ。あれが一番にきたのだろう。自分を気にかけ、一緒に運び、淡々とした応答に会話を続けることが出来ない彼女には丁度良かった。


「おっはよ」

「!お、はよ」

「誕生日おめっとー!はいプレゼント」

「ありがとう…っ」


彼女が下駄箱で迷っていると後ろから友達の抱擁。それに少しばかりよろけてしまうが何とか保ち友達からプレゼント入った袋を有り難く頂く。


「…え、誕生日?」


背後から聞き慣れた声。それはいつも遠くしか聞かない声が近くで。振り向いた前には彼女が挨拶しようか迷っていた彼、泉の姿がそこにあった。それは彼女の心臓音を上げるにはとてつもない破壊力だ。


「!い、泉くん…」

「ちーっす。そだよーこの子今日誕生日」

「ふーん…」


意味あり気に小さく言葉を漏らす泉。それともさして興味が無いのか、垂れる彼女の頭を見つめた泉の表情は彼女の隣にいる友達にも全く伝わらない。


「ふーんて何よそれ。誕生日なのよ誕生日!泉、何か言ってやんなさいよ。アンタの気持ち」

「は、ハァ!?」

「ええ…!!?」


友人の発する言葉に同時に声を上げる彼女と泉。二人して見合わせるも同じ顔色している。ざわざわ騒ぐ生徒の中で三人だけが同じ空気を漂わせている。
いつもならあまり発言出来ない自分にとって代弁してくれる友達に有り難くと思っていたが、こんなにも今が恥ずかしく、代弁して欲しくは無かったと思ったのは初めてだ。


(う、わわ…わ。泉くん困ってる、よ…)


うまく彼の顔が見れる筈もなく友達の背を押して逃げる様に。


「き、気にしないで!」


まさか彼の口から自分を祝ってくれるなんてそんな大層なこと、友達に言われるまで考えたことは無い。もちろん言われたら嬉しい。嬉しいけれど、無理して言われても仕方のないこと。その場を離れて行く二人に泉は下駄箱の前でエナメルバッグを固く握りしめた。顔は赤い。


「っ 好きだ!」


シン…、

言葉を発した瞬間、ざわめいた生徒の声が止んだ。言葉は空気によって消され、余韻が残る。集中は一気に一点こちらへ。誰が言ったのだろう?よく聞き慣れた声だ。…それは紛れも無い泉孝介の、声。
誰に言ったのだろう?振り返って見る彼の目先は自分…彼女にだ。その顔はまさしく

赤。


「………」

「………」


虚しくチャイムが鳴る。予鈴の合図だ。チャイムにハッとしたかの様に止まった生徒の足は止めた時刻から解放されたかの様に個々に散らばっていく。
その先故が気になるのか足を止めたまま動かない生徒も。にんやり、光景を見送る冷やかしな生徒も多々。それでも彼女は驚いたまま動かなかった。

動けなかったのだ。
まさかその言葉。意外な言葉。夢の様な、妄想していたものがここに溢れ出ているのだ。確かに彼は告白の言葉を口にした。彼女の瞳を赤い顔をしながら、見つめて。


「え…泉…さん?」


声を発したのは、彼女ではなく、…彼女の友人だった。
打って変わったかの様に彼女の後ろで頭を掻いている。少し恥ずかし気に目を逸らしているのは何かを感じとったのだろうか。


「……いやあ…私が言ったの、…誕生日の意味で、なんだけど」

「……は…?」

「……。おめでとう、とかアンタの気持ちを言って欲しいなあって意味で………。…いや、告白でも良いんだけどね」


そう言った彼女の言葉に今度は泉が驚いた番だ。
かかか。
次第に赤くした顔が広がる様に顔中、血をめぐる。それは分かる程耳まで赤く、乾いた汗が再び吹き出している様にも見える。
“告白”…その単語に彼女も恥ずかしそうに顔を俯かせ友達の言葉に身を固める。すると近くで

ドカッ

大きな音に彼女は俯いた顔を勢い良く上げた。視界に広がる彼の姿。エナメルバッグを落として身を屈めて縮こまる様に頭を抱えているのが分かる。


「いっ泉くん!?」


心配になって駆け寄る彼女に泉は肩を上げて顔を隠す様に。頭上から大丈夫?、と声を張り上げ心配の言葉をかける彼女に対して彼は小さく呟いた。それは彼女にしか聞こえない、小さな声。


「……紛らわしーんだよ…!うわ穴があったら入りてー俺」


それは紛れも無い真実。
夢じゃない、夢じゃないと自分に言い聞かせる彼女は彼の頭上でひっそり息を潜める。呼吸をするのは、こんなにも難しいことだったのだろうか。
震える手を何とか伸ばして彼のそばに寄る。そしてその手を彼の頭上に触れると彼がゆっくりと頭を上げた。やはり彼の顔は赤い。
彼女が一歩近付いて膝を折ると一緒になって屈んだ。

どうせなら、同じ視線で交わりたい。そう思いながら彼女は勇気を振り絞り暫く口に出してない声を、出す。


「…穴に入ったら…私の返事、聞けないよ泉くん…」


二人して赤い顔。
一人は恥ずかしそうに。一人は泣きそうに。
潜めた息が同じ呼吸しているのに気付いて暫くして二人は笑い合う。それは困るな、と彼。固まった身が解れて彼、泉が伸ばした指先は彼女の指先だ。
彼女は彼の前髪の奥に覗く大きい彼の瞳に吸い込まれていく。彼は彼女の指先を軽く握って体温を感じながら。

それだけで彼も彼女も心音が上がるのだ。


「…誕生日…おめでとう」


それは初めてだった。
泣きそうになる言葉の形。彼から貰う愛と祝いの言葉。二人して体を屈めて赤くした表情。だけど居心地が良いのは誰でも無い、目の前にいる互いの存在感。


「…ありがとう。私も…好き、です」


繋いだ指先に力がこもった。
彼と彼女はそこでやっと呼吸(いき)をする。





「なー泉、下駄箱で告白したんだって?しかもでっけえ声で!」
「……田島もーいーよそれ。聞き飽きた」
「いっずみィ、お前告ったんだって?やるなあ」
「うっぜえ死ね浜田」


Happy Birthday
to.kanoko
by.koyoru



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -