わたしは部員の誰よりも早くグラウンドに来て、準備をすることが日課になっていた。それは言葉通り「一番乗り」というやつで、いつもの静けさが漂ってい…なかった。
「孝介?今日はやけに早いね」
「おー、初めて一番乗りした」
「はは。だってわたしがいつも一番乗りだもん」
そこには先客がいて、その人物はよく知っている人だった。それもそうだ。だって我野球部の部員で幼馴染なんだから。まあ“ただの”がつく幼馴染だけども。決してみんなが想像するような関係ではない。…そこが少し引っ掛かる部分ではあるけれども。
「お前、いつもこんなにはえーの?」
「そうだね。準備することが意外にあるし。それに何より朝練はスムーズにしたいじゃん?」
そう言いながら手を動かしているわたしの傍で、孝介はふーんとだけ返した。それはもうどうでもよさそうな声で。いつものことだからさほど気にはしていなかったけれど、ただ孝介がこんなに朝早く起きて来ているのが不思議で堪らなかった。別にこの場にいるのが不思議なわけじゃない。時間が問題なだけ。遅刻はしたことないけれど、いつもは比較的遅めに来るから…何か用でもあったのだろうか?不思議に思ったわたしは聞いてみた。
「今日なんかあるの?」
と。特に気にすることなく、なんとなくスムーズに。だけれどもわたしの問いの何が気に食わなかったのか孝介は「はあ?お前忘れてんの?」とそれはもう眉間にぐっとしわを寄せて不機嫌極まりない顔と声で言ってきたではないか。…全く意味が分からない。今日の孝介は特にそうだった。
「…忘れるって何を?てか何怒ってんの?」
「……今日、」
「は?何?」
ああ、本当に理解不能だ。
急に不機嫌になった孝介に腹が立ってわたしも少しばかり不機嫌混じりな声で返せば、今度は真逆にしおらしくなった。と言うよりは声が極端に小さくなって眉間のしわが引っ込んだかわりにちょっと頬が赤くなっている。こんな孝介を見たのは小学校の時演劇の役で王子様役に決まった時以来だ。
そんなことを思いながら孝介の言葉を待ち続けた結果、意外な言葉が出て来た。
「今日、お前誕生日だろ」
「………え、」
「…やっぱり忘れてるし」
「すっかり忘れてた…」
誕生日…そうだ。わたし誕生日だったんだ。孝介の言葉を聞くまで自分の誕生日を忘れていた自分もどうかと思うが…でもそう言われれば昨日散々孝介のみならず友達にも「明日誕生日なんだ!」と告知しまくった。と言うことを今更ながら思い出す。だって仕方がないじゃない?朝練は誕生日関係なくあるし、朝練があると家族内の誰よりも早く起きて家を出るから、誰からも「おめでとう」なんて言われないし、さらに言えば散々告知しておきながら0時ピッタリにメールをくれた子なんて誰一人としていなかったんだもん。忘れるに決まってるじゃん。
なーんて開き直ってみたけれど、それと孝介が朝早いのに何が関わりあるのかは未だに謎なのはわたしだけ?…いやわたしだけじゃないはずだ。自分の疑問を即座に自分で答えた。
「でもさ、それと孝介が朝早いのになんの関係があんの?全くもって関係なくない?」
孝介自身の疑問にわたしが答えられるわけがないので、呆れている孝介に聞いてみたら、また「……はあ」とそれはそれは深いため息を吐いた。それを見てちょっとむかっときたのは言うまでもないかもしれない。
「何そのため息は。言ってくれなきゃ分かるわけないじゃない」
「誕生日おめでと」
「……はい?」
むかっときた感情をそのまま吐き出すかのように、強い口調で聞き返したら、これまた突然思いもよらない言葉が孝介の、あの孝介の(どのって感じだろうけど幼馴染だからまあそこはいろいろあるんです)口からわたしを祝う言葉が出て来たもんだから、思わず聞き返してしまった。
「だから、誕生日おめでとう」
「…あ、ありがと…?」
だけどそんなわたしの心情を知ってか知らずか孝介はそのまま続ける。全くもって今の状況を掴みきれてないわたしは、お礼の言葉に疑問符が付いてしまった。素直に嬉しいんだけど、ね。
「…それをお前に一番に言いたかったんだよ。…分かれよバカ」
「!!」
未だに状況を掴みきれてないわたしにトドメを刺すかのように孝介の口から甘い言葉が吐かれたもんだから、っもう何がなんだか分かんなくて…お互いに顔を赤くしていた。
静けさに混じる恋の鼓動
いつもの朝のグラウンドにはない緊張感だとかドキドキ感だとかが漂っていて、だけどそれがなんだか居心地が良くて。…幼馴染脱出も近いんじゃないかな、と思いながら「ありがとう」と今度は心からお礼を言った。