可哀想な人(正臣と臨也) 「俺ね、あなたのこと、心底可哀そうだと思ったんです。俺だって以前は、あなたと俺は似てるんだなって思ってたんですけどね。でも長い時間をかけて気付いたんですよ。あなたの方が、俺なんかと比べたらよっぽど可哀想だって」 一息でそう言い切った正臣は、反応が知りたくて上目で相手をうかがった。 しかし傷ついた様子もなければこれといった動揺もなく、それどころか人を小馬鹿にしたような(というより馬鹿にしている)笑顔を返してきた。 「俺が可哀想?結構結構!それよりも、昔はあんなに俺の言うことを素直に聞いてた君が、こうして俺を非難するまでに至っていることの方が、実に興味深いね。ああ、人間はなんて不可思議で魅力的なんだろうね!そうは思わないかい?紀田正臣くん、」 「そんなのアンタだけですよ」 貼り付くような言葉をきっぱり切って捨てた。彼の言葉なんて、大半が碌でもないことだから、相手にするだけ無駄なのだ。正臣は最近になってようやっとその事に気付いた。その瞬間喜べばいいのか悲しめばいいのか本気で悩んだりもしたが、今ではほとんど吹っ切れていると思う。 「…やっぱり可哀想だ」 今度は相手に揺さぶりかけようという意図はなかった。ただ、本心でそう思っただけにすぎない。 「…きみは俺に何らかのアクションをしてほしいみたいだねぇ。でも残念。きみごときが俺を思い通りにしようだなんて、死んでも無理だよ」 正臣の小さな呟きを拾ったらしい彼は、嫌味な笑みを更に深めて笑顔という名の無表情を作り、感情を全く読めなくした。それはいつもの胡散臭い笑顔以上に不透明で気味が悪くて。 少しだけ、怖いと思った。 「…ッ」 引き摺られそうになっていたことに気づき、慌てて彼から目を外した。危うく彼の甘い言葉と独特の雰囲気にに取り込まれるところだったのだ。もう何度も痛い目を見たというのに、相変わらず気の抜けない相手だ。しかし彼から与えられる恐怖に助けられるとは皮肉なものだ。 無意識にどこかを噛み切っていたのだろう、口の中はどこもかしこも鉄の味がして、気分がますます悪くなった。 「紀田くん!きみは、俺を可哀想だと言ったね!?」 するりと横をすり抜けて行き、慌てて振り返った正臣に目をやることもなく、彼は両手を天に広げ、笑いを滲ませた声を張り上げた。 「でもさぁ…一番可哀想なのって、」 ゆっくり腕を下ろして正臣を見据えた紅い瞳が、何かよく分からない感情を映していたのだが。 「それすら分かってないヤツ、なんじゃない?」 けれど、正臣は自分には関係ないのだと己に言い聞かせて、噎せかえるような闇の匂いを漂わす人から目をそらした。 次に顔を上げた時、もうそこに彼の姿はなかった。 可哀想な人は、 だぁれ? (誰か、特定の人のことを、言っている気がした) ------ 100417 臨正がかなり好きです。 △ |