何か違和感を感じ、もぞもぞと動く。腕の中にあったはずのものがなかったから無意識に手を伸ばす。しかし手を伸ばしても己が求めるものはそこにはなかった。

「あ…?」

そこでようやく謙也の意識は覚醒した。今ベッドの中にいるのは自分だけ。寝る前に確かに腕の中にいた人はいない。
寝起き特有のぼんやりと靄がかかった頭を頑張って働かせる。
カーテンの隙間から陽の光は溢れていない、真っ暗。まだ夜中のはず。
トイレではないはずだ。何故ならその人が寝ていたであろう場所はすっかり冷たくなっていたから。

「ひかる…?」

舌足らずな声で呼んでも返事をする者はいない。謙也はゆっくりと体を起こしこれまたゆっくりとベッドから降りる。
フローリングの床の冷たさが足を伝って全身に行き渡り、謙也は両腕をさすりながらリビングへ繋がるドアを開ける。
その瞬間謙也を襲ったのは冬独特の肌を刺すような寒さだった。その寒さのおかげで謙也の靄のかかった思考は一気にクリアになる。

「さむっ!?」

何故こんなにも部屋が冷えているのか、冷たい風が吹いてくる方向を見ればそれはすぐに分かった。

「…光」

開け放たれているベランダのドアの隅に、謙也の探していた人はいた。
しかし謙也の存在に気付いていないのか意図的に無視しているのか財前は謙也の方を見向きもせず、ただ闇に浮かぶ月を見つめていた。
謙也は心の中で小さく溜め息をつき、音をなるべくたてないように近づき財前を後ろからそっと抱き締める。元々体温の低い財前の体は当然というべきか氷のように冷えていた。

「めっちゃ冷えとるやんか…なんでここにおったん?」
「…なんとなく」

実を言えばこれは別に初めての事ではない。
時々財前はこうして夜中に起き、何をするでもなくただぼんやりと漆黒の夜空を眺めている。
今まで何度か訊ねたことはある。しかし返ってくる答えはいても"なんとなく"。
謙也は財前の不可解な行動の理由が全く解らないわけではない。かといって本人に直接聞いたわけではないから謙也の想像に過ぎないのだが。
それよりも今はこの冷えきった大切な人を温めることが先。
ベランダを閉め冷気を遮断し、謙也は軽くもないが重いとも言えない財前の体を抱き上げ寝室へ戻る。

「謙也さん…」

素直に抱き抱えられた財前は何処か寂しそうに謙也の名を呼び、冷えた己の腕を謙也の首に絡めた。

「謙也さん、あのな俺…」
「おん」

きっとこの行動の理由を話してくれるのだろう、直感的にそう思った謙也は頷くことで先を促す。しかしいくら待ってもその続きは返ってこない。

「光?」

その次に聞こえたのはお約束通りの財前の小さな寝息。謙也は僅かに苦笑を漏らし財前をゆっくりとベッドへ降ろす。

「なんやねん、いい所で焦らしおって」

そう言いながら優しく財前の髪を撫でる。いつもはワックスでツンツンにされているが今は全くそんなのは感じさせないくらいふわふわしている。
まるでその違いが本人そのもののようで可笑しかった。

「おやすみ、光」

額に軽く口付け自分も素早くベッドの中に潜り込む。そして財前を起こさぬようにそっと己の腕の中に引き入れる。
あぁ、やっぱりこれが一番落ち着く。そう思いながら謙也は意識を手放す。
ぎゅっと抱き締め返されたのは気のせいだろうか。