仕事をようやく終わらせて恋人のいる我が家への扉をがちゃ、と音を立てて開ける。狭い玄関へ靴を脱ぎ散らかし、ただいま、と廊下の奥にあるリビングに声をかけた。おかしい、返事がない。
いつもなら俺がいくら仕事で遅くなっても健気に待っているはずなのに。しかも今日は大学院も休みで、一日ゆっくりできると朝から喜んでいたのを覚えている。
さすがに寝てしまったか。と落胆しながら恋人からの返事がないのは少し寂しいかった。

大した距離もないリビングへ向かおうとすると、ゴトリと何か動く音がした。もしかしてまだ起きていたのだろうか。早足でリビングへ向かい、扉を開けるとそこは真っ暗だった。電気が点いていないのだろう。夜中ということもあり、全く見えない。

「……ん?」

カラ、と何かが足に当たる。暗闇の中、なんとか目をこらすとそこにあったのはビールの空き缶だった。しかしこんな暗闇の中見えるなんて、俺様の眼力もまだまだ現役だな。
そして壁をまさぐって電気のスイッチを探り当てる。パチリ、と一瞬のうちに明るくなって顔をしかめたのも束の間、驚きに目を見開くことになった。

「…っ、侑士?」
「あ、景ちゃーん……」

そこにあったのは恋人の侑士がローテーブルにうつ伏せになっている状態だった。周りには酒の空き缶が散らばっていて、酒クサイ。当の侑士はにへら、と緩い笑顔をこちらに向けて手を振っていた。その侑士にときめいたのは言うまでもないが。

「おい、侑士…っ、これ……」
「んー…?」
「……」

くそ、可愛い。
酒で酔って真っ赤な顔で首を傾げる、とか。反則だろ。可愛すぎて見れない。俯いてうるさい心臓を抑えようとしていると、フッと影が差す。上を向くとへらへらと笑う侑士がいた。なにか、と確認する間もなしに侑士は俺に覆い被さってくる。

「景吾ー」
「うわ、侑士…っ」

潤んだ目の侑士は頭を俺の胸に埋めた。と思うと途端にずず、と鼻水を啜る音が聞こえる。心無しか胸の辺りが濡れているような気もする。

「って、侑士!?泣いてんのか!?」
「っ…うー、寂しかってん」
「……え」
「景吾ずっと夜まで仕事やし、待ってるの寂しいし……」
「…それで酒飲んでたのか」
「……おん」

寂しがっているのはなんとなく分かっていたが、酒を飲むまで行くとは。一杯でも酔うくせに、こんなに飲んで。最低だ、気づいてたくせに放っておくなんて。ぐずぐずと泣き続ける侑士を宥めつつ、周りに転がる空き缶は侑士が寂しがっていた分なんだ、と思うと途端に侑士を抱き締めたくなった。

「侑士……」
「景吾……?」

欲望のままに覆い被さる侑士をきつく抱き締める。そして突然のことにポカンとしている侑士をぐるり、と回転して床に押し付けた。つまりさっきとは立場が逆になったのだ。

「寂しくさせて、ごめんな」
「ん……」
「明日は仕事休みだからよ、たくさん愛してやる」

そう言うと侑士は嬉しそうに笑い、俺の首に手を回して抱きついた。顔を見合わせ、啄むようにキスをして俺達は笑い合った。