その声音が
てのひらのあたたかさが
好きで






硝子窓のカーテン越しに漏れるひかりは、やさしくあたたか。そのひかりがやがて自分の輪郭にまで投げ降ろされて、白い天井を更に白くひからせれば。次第に覚醒に向かっていく意識。眠りに就く前に感じていた、この上なく心地の好い横のぬくもりは既に、無くなってはいたけれど。ふんわりと鼻腔をくすぐるようないいにおいに、今日の朝食のメニューを知る。そのにおいは間違いなく、自分が好んでいるあの香り。ああ、早く起きなくちゃ。だけど、どうせならきみに起こされたい。彼が自分を起こすときの声は、いつになくやさしいもので、鼓膜の表面にやわらかな線を引っ掻くようで、たまらなく好きだと思う。自分の名前を呼ぶその声を耳に染み込ませても尚、俺がいじわるくふたつの瞳を閉じたままでいると、次に肩を揺さ振ってくる、おおきくてあたたかなてのひらも。いちにちの中での些細な時間だろうけれど、自分にとっては大切。
……若、早く来ないかな。寝たフリなら大得意。口許まで覆っているブランケットの強靱なるぬくもりをからだじゅうに孕んでいるから、尚更“フリ”には磨きが掛かる。いつも、いつまで経っても変わらず俺の狸寝入りに騙されてくれるきみが。愛しい。すごく、愛おしい。とろんとまどろみながら、扉の向こうの音を聞く。ピ!、という機械音が、ご飯が炊けたことを知らせて。ああ、そろそろかな。なんて、考えているうちに。寝ているフリが、いつのまにか本当に……。






ぱたぱた、と。スリッパの音を、枯れ葉色した床で奏でながら。貴方がまだ寝ているであろう扉の前へ。なるべく音を立てないように、それこそ、これからいたずらを仕出かす幼児のように、息を殺す勢いで扉を開けて。ふかふかしたブランケットを二枚も乗せている寝台へと、そっと近付いて。横たわるその寝顔を覗く。なだらかな丘に咲き誇る、白木蓮の花が人間に変身したらこんなではないか、そんな気がしてくるほどに秀麗な顔立ちをしているのに、朝のひかりがやんわりと掛けられているその寝顔だけは夢見る少女のようにあどけなく、それだけは昔から変わらない。昔も綺麗だけれど、成人したいまはもっと綺麗で、呆れるほどに美しいひとの隣がどうして同性である自分なのだろう?という疑問は、ひとつのちいさな箱の中で暮らしているいまとなっても拭い去ることは出来やしないし、頭の天辺から爪の先まで、どこもかしこも綺麗に造られた貴方は俺の胸の鼓動を打ち鳴らしてやまない。だけれど、この寝顔を見る度にまだ、貴方はあの時のまま……俺たちの“現在(いま)”へと繋がっているスタート地点の場と言えるであろう、制服を着たあの頃の中学生のままな気がして。


……カーテンの隙間から僅かに漏れる白いひかりのように、ささやかなしあわせを思う。めまぐるしいせかいの中で、これからも変わることない日常を、願う。滝さんが自分の顔を見ていないことをいいことに、俺は微かに笑んだあと暫く貴方の寝顔を見つめてから。朝が来て、朝食が出来たことを知らせようと、毎日の俺の日課ともなっている、貴方を起こす為の声を掛けた――…