侑士×謙也×侑士



トントントン、トントン
コトコト、コト
まな板と右手に持つ包丁の間から生み出される音と、湯立ちつつある鍋の蓋から生み出される音が響く台所に立つ侑士。


「ん…ゆーしぃー…」


「起きたんか…、ん?」


ふと、背後から聞こえてきた起き抜けの擦れ声とともに腹部へと回ってきた腕。


起き抜けのせいか、随分の暖かく感じる身体。刃物を扱っているためか、自分の身体に引き寄せるのではなく自ら身体を密着させ肩口に額を擦り寄せてくる謙也に、侑士は何とも言えないくすぐったさを憶えた。


手の届くキョリ


「おそようさん。ケンヤ、くすぐったいからやめや」


「んー」


包丁は持ったまま、侑士は少し身じろぎ謙也に離れるよう促すが、謙也は嫌だとばかりに腕に力を込めより身体を密着させてくる。


「なんや、どないしてん?」


謙也の力強さに侑士は僅かに息をつめたが、けして邪険には扱わずまるであやすように謙也に声をかけた。


「…、…てん」


「うん?」


「ユーシが、居らんくなる夢みてん。起きたら隣にも居らんし」


先程の擦れ声から、どことなく拗ねるような声色を帯びた言葉に侑士は目をぱちくりさせると包丁をまな板の上に置き謙也の方へと顔を向ける。


「何も言わんと居らんくなるなんて、ありえへんやろ」


言いながら、今まで食材を扱っていた手は使えないので侑士は振り向き近くにみえた謙也のつむじに口付ける。加えて、つむじに口付けられゆっくりと顔を上げた謙也の耳元で、もう一緒に住んどるんやからと囁けば、侑士の身体を拘束していた謙也の腕から自然と力が抜けてゆく。


「せやな、ユーシの帰る場所はこの家やもんな?」


「せや。ケンヤもな」


お互いに顔を合わせ、微笑み自然と重なる唇。軽く触れただけのものから、珍しくも自ら舌を差し込んできた謙也に応え、侑士もまた舌を絡ませた。




手の届くキョリ

同居を始めて、数日。今までが遠距離だったためか、未だ慣れないながらも姿がみえないだけで不機嫌を露にする謙也に、愛しさが込み上げて仕方ない。


手を伸ばせば、いつでもすぐそこに。求めてやまなかった理想が現実となった事実を噛みしめる土曜日の昼下がり。