携帯の履歴の一番上から適当に数人の名前を消去した。理由は単純かつ明確で俺の携帯の着信履歴から跡部の名前が消えてしまうのが嫌だったからという子供じみたものだ。跡部から電話をもらったのはもう一週間も前。俺も跡部も規則的な生活が許されないような職種だからしかたないといったらそれで終いなのだが、同じマンションの同じ部屋に住んでいるのだから会いたいという俺の思考はおかしくはないはずだ。ぐったりとため息を付きながら頭を垂らせばベテランのおばちゃん看護師が俺の背中をばしんと殴った。


「何、彼女?」
「…どちらかというとお嬢様やな」


にへらと口だけ歪めて笑ったように見せればおばちゃん看護師はなら尚更早く帰ってあげなさいと廊下の奥に消えていった。眠すぎてぶっ倒れそうな体を引きずるように家に帰宅した。外から自分の部屋を見上げればやはり電気は付いていなかった。こんな擦れ違いいやや。かれこれ10日程度合わせていない跡部の顔は頭の中で掠れて消えてしまいそうだ。もう深夜1時やし早よ帰って寝たろ。疲れた体に鞭を打ちながら自宅の前にたどり着いた。鍵を回してまたため息。鍵は開いてしまった。いないとわかっているのになんだこの虚しさは。


「ただいまー…」


いない。いない。いない。
中学高校はよかった。クラスは違っても部活では絶対に会えたし授業中にもたまに覗いた校庭とかで走っている跡部も見れた。しかし今はただ跡部がいた。という気配を感じるだけ。

跡部は平気なんやろうか。俺だけこんなに跡部を求めているのだろうか。なんやねん。俺かっこわる。切るタイミングを逃して伸び放題の髪の毛をぐちゃぐちゃになるくらい掻き上げた。
しかしふと下ろした目線の先には俺のものより物の良い革靴が無造作に転がっていて俺の靴のつま先にぶつかった。この靴はいつか跡部が履いていたものだ。どくどくと動き始めた心臓を抑えながら急いでリビングにあがった。リビングはやはり電気が付いていない。思い当たるところといえば寝室だとドアを勢いよく開ければそこには探し求めた姿があった。スーツを右手に持ち左手でネクタイを緩めようとしたところで力尽きたといったところであろうか。跡部はすやすやと静かな寝息を立てながら眠っていた。


「景ちゃん」
「帰っとったんやね」


返事がないのはわかってはいるがその姿に駆け寄らずにはいられなかった。なるべく振動を出さないようにベッドに座りその頬を撫でれば久しぶりに感じる暖かさになんだか今まで溜まっていたものが吹き飛んだのを感じた。我ながらどこまでも単細胞だ。ゆっくりとその真っ白な頬にキスでもしてやろうとすっと顔を寄せれば俺が立てた振動で目が覚めたらしい力ない指でゴシゴシと目を擦るあどけない表情をこちらに向けた。


「お、したり…」
「起こしてしもたな」
「おしたり…」
「…俺も寝るから景吾も寝えや」


二の腕に彼の頭がくるようにぎゅっと抱き締めてやれば彼も縋るように俺の胸に抱きついた。どうやら寂しかったのも虚しかったんも俺だけやなかったみたいや。


「起きたら今度こそキスな」


その問いかけに返事はなかったが心はどこまでも満たされた気分で俺も落ちてくる瞼に逆らわずにそっと目を瞑った。