薄暗い一本道を歩きながら星を見るのが帰宅中の習慣になった。もともと自然とかそういうものに心惹かれるタイプであるから、毎日のそれは密かな楽しみであった。ただ田舎の実家で見る時より見えにくいのが少し残念である。
街灯の少ないこの道をまっすぐ進んだら見えてくる、小さなアパートの2階の右端の部屋。12時をまわった今でもほんのりと明かりが灯っている。

「まだ起きとるっちゃろうか」

先に寝ればいいのに、彼は必ず俺が帰るまで起きている。なぜ先に寝ないのかと以前彼に聞いてみたら、中学時代に俺の放浪癖でさんざん迷惑をかけたせいもあって、「また知らんうちにどっか行って帰ってこんかったら嫌やから」と言われた。

そんなことを思い出しつつ、明かりのついた自宅のドアを開けた。

「ただいま」

外とはだいぶ違う室内の明かりが眩しくて目を細める。

いつもならここで「お帰り」と「今日遅かったなぁ」やら「ご飯出来てるで」といった言葉が聞こえてくるはずなのだか、どうしたことか今日はまったく何もない。
何かあったのかと思いつつリビングを覗くと、二人がけの小さなソファーにうずくまるようにして寝息をたてている彼がいた。

「こげんとこで寝とったら風邪ひくばい、白石」

小さくまるまって寝ている彼はまるで猫のようで、本当に愛らしい。ぴくりと身じろぎするたびに、きちんとケアされて指通りのよいブラウンの髪がさらさらと流れるように動く。

「ん…ちと、せ…おかえり」

落ちてくる瞼をなんとか押し上げて、俺に笑いかけてくる。

「うん、ただいま」

本日2回目のそれを言って、俺は白石を布団に誘導することにした。このままにしておくとまた白石はソファーで寝てしまいそうだからだ。

とりあえず手をひいて寝室まで連れて行くと、部屋に入るなり白石は倒れこむようにして布団に寝転がった。そうすれば彼と手をつないだままの自分も自然と同じようになるわけで。
気づけば2人して布団の上で抱き合うような体勢になっていて、そしてそのまま白はまた眠りにつこうとしている。

白石はいいとしても、俺はまだ帰宅してそのままで、まだ着替えてもいないし食事もしていない。もちろん歯磨きだってしてないし、風呂にも入りたい。
このまま一緒に寝てしまいたい気持ちはあるのだが、いかんせん俺自身がまだ眠りにつけるような状態じゃないのである。

もう時間も時間だし食事は諦めるとして、せめて着替えだけでもすませようと、もうすでに寝息をたてている彼を起こさぬようひっそりと布団を抜けだそうとしたのだが、

「そうされっとどこにも行けんばい」

白石の細くてきれいな手が俺のシャツを掴んでいて。
その手をどかす気にもなれず、結局、彼を起こさないよう慎重にはおっていたパーカーだけ脱いで布団に潜り込む。
1つの布団に男2人というなんとも寝苦しい状態ではあるが、相手が白石となれば話は違う。白石は女みたいに扱われるのを凄く嫌うが、真横にある彼の顔はいつ見ても綺麗で、きっとそこらへんの女達よりも数十倍可愛い。いや、それ以上かもしれない。ゆっくりと近づいて額に唇をよせると、白石が身動ぎしたのがわかった。
それが可愛くて思わず腕を伸ばして抱き締める。顔を寄せた綺麗なうなじからは最近買い替えたばかりのフローラルなシャンプーの香り。そこにも数回キスをおとすと、先ほどよりもキュッとシャツを握る手に力が入っている。

「いつから起きとったと?」

「さ、さっき……!」

首から顔をはなして彼を見ると、そうとう恥ずかしかったようで耳まで赤くしてわなわなと震えている。
そんな彼をまた強く抱き締めると、ゴツンと頭を殴られた。まあそれが彼の照れ隠しであることは、ずいぶん前に理解している。
でもまあそれなりに殴られれば痛いわけで、ジワジワとくる痛みを和らげるように頭をさすりつつ、白石の方を見るとちょうど顔を上げた彼と目があった。

「なあ、千歳」

「なんね?」

「…口にはしてくれへんの?」

さっきの彼とは全く違う、まるで別人のようになってこちらを見つめてくる。挑発的な笑みを浮かべて顔を近付けてくる彼は本当にタチが悪い。

「明日の朝どうなっとっても知らんとよ?」

そういうとまたニヤリと笑って、すらりと長い腕をのばしてくる。白石は俺がどうすれば断れないのかを知っている。本当に彼は人をその気にさせるのが上手いと思う。

まあ、晩ご飯も食べていかいからちょうどいいのかも知れない。いい具合にお腹も減っているから。

とりあえず、まずは目の前の唇にキスをすることにした。




言葉もキスもハグもほしい
(美味しそうな君を)
(いただきます!)