「増田」
「あ、神野先輩」
学校の渡り廊下で、何かとお世話になっている一学年上の神野先輩が僕を呼び止めた。
「はい」
そう言って神野先輩は右手を差し出してきた。
「え、握手ですか?」
今更握手を求められてるのかと思い、自分の右手を差し出したら何故か強く弾かれた。
「チョコだよ!ばか!」
いや言われないとわかりませんて。とは心で思っても口には出さず、眉間にシワを寄せる。
そういえば今日はバレンタインか。どうりで今朝から箱を持って走る女子(?)を多く見かけるわけだ。男子もいつになくこれ見よがしにカッコつけてる連中をチラホラ見るが、そういう理由か。
そんな事を頭の中でぐるぐると記憶を辿っている間も、不満気な顔をする神野先輩は、右手をヒラヒラと上下に動かして早くよこせと催促する。
僕は神野先輩に対し疑問をぶつけた。
「先輩がチョコくれるんじゃないんですか」
「なんで私が」
「えっ?」
「えっ?」
お互いの反応に、僕は戸惑った。
「神野先輩、バレンタインわかってますよね?」
「うん。イギリスだと男が女に薔薇を添えて渡すチョコデー」
「ここは日本ですけど」
自分が知っているバレンタインは、女が男に義理でも何でもいいからチョコをあげる行事だと思っていたが、神野先輩の中では違うみたいだ。
てか、イギリス流を僕に求めることがそもそもの間違いだと思うのだが…。
「えー…じゃあ先輩命令。増田は今から私にチョコを買ってこい」
高らかに人を指差して言葉通りの命令に、僕は冷ややかな目線を送る。
「うわぁー、自分の立ち位置を利用した一種の脅迫ですよ」
「増田だから頼んでるんですぅ」
頬を膨らませ唇を尖らし、まるで彼女かのように振る舞う先輩に、僕は少し笑みを浮かべてしまう。
「それは喜ぶべきか、悲しむべきか悩みどころですね」
「早く、増田」
僕だからっていうワードに複雑な気持ちを感じさせられたが、神野先輩のキラキラした眼差しにため息が零れる。そういえばお菓子大の好物とか言ってたっけ?
「分かりましたよ。コンビニで板チョコ適当に買ってきますね」
「最低十五枚以上ね」
「え」
いくらお菓子が好きだとしても多いと思い、「太りますよ」と言ったら容赦なくチョップを食らった。
十五枚以上といっても、財布の中身と相談しても十枚買えるかどうかしか入っていないので困ったものだ。とりあえずは、買える分だけ買ってはくるが…。
外はまだ、バレンタインフェアで埋め尽くされ、甘いチョコレートの匂いが漂い僕を誘惑する。
来年は先輩から貰えるのかなーなんて淡い考えが浮かぶ。
買った後の、一人教室で待つ先輩の元に行く時の足軽さは自分でも驚いた。
来年貰うより先に、今年は先輩からどんなお返しがくるか楽しみで仕方ない。
------
オチ難しい。
← | →
return