ある雨の日に、好きな子から傘を借りた。
下駄箱で傘のない僕が外を眺めながら立ちすくんでいる時にだ。
「はい」
と、隣から突然声をかけられ、振り向くと笑顔で傘を差し出す君。
僕の心臓の鼓動が急激に速まった。
「ありがとう」
と、答えて僕は嬉し恥ずかしながらも躊躇せずそれを受け取った。
開けば何の変哲もないビニール傘ではあったけど、僕にとっては特別に思えた。
「お隣、失礼します」
君は僕の隣に立ち、僕を見上げた。
僕はえっ、と声をあげて彼女を見つめた。
「相合傘だね」
なんて可愛い声で彼女がはにかむから、僕の心臓は破裂するんじゃないかと思うくらいにまで高鳴った。
まさか、まさか夢でも見ているんじゃないかと思わせるシチュエーションに、彼女にバレないようこっそりと自分の頬をつねる。
「(痛い)」
夢じゃなく現実であることを確認し、僕はにやける頬を引き締め前方を見る。
雨の中、一歩ずつ彼女の歩幅に合わせて歩く。
二つの影が一つの傘の下に、はみ出さないよう寄り添う。
彼女の肩が濡れないよう傘を少し傾けると、「大丈夫だよ」と言って手元を直される。
僕と彼女の距離はゼロ。
お互い気恥ずかしくて、無言の空気が流れていたが、居心地が悪いとは感じなかった。
「……あっ」
学校から出て、数十分経った頃。
口から漏れた彼女の声にふと視線を彼女に移すと、家に着いたと言う。彼女の家は学校からそう遠くないところに位置していた。
「明日返すね」
「いいよ、そのまま貰っても」
「そうはいかないよ」
彼女にとってはビニール傘一本あげてもいいと思ってるかもしれないが、僕はこのまま彼女と別れるのが嫌だった。
折角の繋がりが、無くなってしまう。
「君と…もっと話をしたい」
気付いたら口に出していた。
彼女の目が大きく見開く。
「……じゃあ明日、待ってるね」
彼女は笑って手を振る。
僕も自然と笑い、手を振った。
『傘、ありがとう』
『ううん、わざわざありがとう』
『あ、あのさ……今日も一緒に帰っていいかな?』
『……うん!』
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実は両想い。
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