二月十三日。
男女共に、明日の一大イベントのことでソワソワと落ち着かない様子。

「明日って、何日だ」

しかし一人だけ、なんでそんな空気になっているのかが分かっていない者がいた。

「十四日だけど」

そいつの隣で読書をしていた私は、視線を本から隣に移した。

「……バレンタインじゃん」

頭を抱え、しまった…と小声で呟く自称イケメンT。

「そうだよ…?」

私は何か問題でもあったのかと思ったけど、T曰く、イケメンは前日にこそ女子に優しく接することが必須らしい。
そうすればするほど、女子からの株が上がり、その分チョコが豪華になる…とのこと。
正直イケメンは何しようと必然的に手作りチョコとかブランド品のチョコを貰えると思うが、口出ししたら煩そうだから、Tには黙っておく。

「てことはだよ?てことはお前もう俺の分用意してるってことだよな?」

「何故そうなる」

すかさず突っ込みを入れる。
前日依然に優しくされた覚えがないのに、ドコぞの頭からそんな台詞が言えたか。

「えっ、普通に考えて」

学生生活を三年間共にしてきた仲とはいえ、こいつの考えることは未だに理解できない部分がある。扱い易さは、一年から理解はしていたけど。

「あるわけないだろ。あったとしてもマーブルチョコ一粒だわ」

たまたま今日、金欠から振り絞って買ったおやつのマーブルチョコを、カバンから取り出す。

「ひどっ!もっと愛溢れる物くれよ!」

両手でハートマークを作り、私の目の前に突きつけるT。

「だから無いって」

それをお構い無くチョップで切る私。

「てかバレンタインって要求するもんじゃないからね」

バレンタインに限ったことじゃないけど、無理やり貰ったところで有り難みってのが半減するだけだし、義理だろうと本命だろうと貰いたいなら、素直に待ち続けろってことをTに教えると、Tは渋々頷いた。
私はマーブルチョコを適当に五、六粒取り出し、口の中に放り投げる。

「なら明日お前の待つわ」
「いや、ねーよ」

理解力に乏しいTに、読んでた本でチョップを食らわした。



次の日。
自身の教室を前に、私は苦悩していた。

「あー…昨日のこととはいえ、作ってしまった私バカだー…」

手元には女の子らしく、可愛らしいトッピングに包まれたガトーショコラ。
結局昨日の夜、学校から帰って作ろうかどうか散々悩んだ挙げ句、親から『明日はバレンタインなのに、チョコ作らないの?折角なんだから本命じゃなくても作りなさいよ。てか作って食わせろ』と脅されたので、オマケ感覚でガトーショコラを作ってみた。そしたら私にしては上手くできてしまった。普段お菓子作るにしても、焦がしたり分量ミスする自分に、この時限りは怖いと思った。
しかし、持ってきたはいいが、いざ尋常に勝負となると手が震える。誰かにでも見られたら、羞恥心で死ねるレベル。それに友チョコとして持ってきたとしても、一個だけとかどう見ても本命チョコと言われるだろうし、困ったものだ。Tにあげようか、自分でおやつ代わりに食べようか……。

「やあ、おはよう」

タイミングが良いのか悪いのか、Tが登校してきた。しかも昨日よりも丹念に髪と服装をセットしている。
私は本気で今日を挑みに来たTに、若干引いてしまった。

「や、やぁ、おは…」
「ムムッ!」

挨拶を遮られ、早くもTは私の手元にあったガトーショコラに狙いを定める。

「それはまさか…俺のだな!」
「そう、だけど」

マーブルチョコを拒んだTにあげるのは、ちょっぴり不服だったが、作って持ってきたからにはと勇気を出して差し出した。

「やっと俺に渡す気になったか」

髪を少し掻き分け、Tは笑みを見せつけながら、私からガトーショコラを受け取る。
上から目線にイラッとしたが、今日ぐらいはとスルーした。

「開けてもいいか?」
「どうぞ。あんまり期待しないでね」

本当は自信ありありだが、そんなこと恥ずかしくて言えなかった。Tのことだから本気だと勘違いして、誤解されたまま残りの学生生活を過ごすなんて嫌だし。

「へぇ。思ったより見た目はいいな」

ガトーショコラを手の平にのせ、Tは感心したように何度も頷いた。

「思ったよりとか、失礼な」

肝心なのは味だと、Tに早く食べるよう促す。

「はいはい。いただきまーす」

パクリと、Tの口の中に手作りのガトーショコラが入る。私はドキドキしながら、Tの反応を期待した。

「……うまっ。お前これ、うまいな」

数秒の沈黙の末、失笑するT。

「…マジで?うまい?」

聞き間違いではないかと、Tに聞き返す。

「うん、マジで」

もう一口かじるT。

「…っしゃあ!」

声に出すだけでなく、無意識にガッツポーズをとった私。「あっ」と咄嗟に手を隠そうとしたが、時すでに遅し。

「さんきゅ」

またTが笑みを溢す。さっきとは違い、仄かに赤らめた笑み。
それを見てしまった私は、林檎のように赤らめてしまった。



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