名前と出会ったのは、あの攘夷戦争の最中だった。
女なのに血を浴びながら刀を振り回すその姿は強くて美しかった。

付き合いだしたのは終戦後。
俺が万事屋を始めてすぐの頃、たまたま町で再会した。
刀を握っていない名前はただの女だった。

けど相変わらず強くて美しい、いい女だった。

そんな名前に惹かれた俺は、名前を口説いて、口説いてやっと付き合い出したのが今から1、2年くらい前の話だ。


お前のすべてを俺の五感に焼き付けたって足りない。
強く優しいお前のすべては俺には理解仕切れない。
キャパシティーが足りねぇ。
お前の優しさも厳しさも冷たさも俺の都合のいいように解釈する。


「名前ちゅわ〜ん」

「何よー変な声出してー」

「膝枕してほしいなぁ、なんて」


和室で洗濯物を畳んでいる名前の後ろ姿をソファーからずっと眺めてた。
畳み終えたこのタイミングでふざけた声を出しながらそう言うと、名前は若干呆れた様子だったがポンポンと自分の膝を叩いて俺を呼んだ。
俺はお預けをくらってた犬の如く名前に駆け寄った。


「さっきソファーで寝てたんじゃないの?」

「……ちょっと嫌な夢を見ちまってな」


松陽先生、攘夷戦争、死んで逝った仲間、ヅラ、辰馬、高杉…
振り返らないつもりだったのに、俺は結局いつも過去に囚われる。
強く美しい名前は前だけを向いて歩いている。仲間のことを忘れたわけじゃねぇ、奴らの分まで生きてやろうっつー精神だ。

そんな名前に置いて行かれるのが怖くて、卑怯な俺は攘夷戦争のこととか、過去のこととか、とにかく名前を気付けない程度の卑怯な手で名前を縛り付けている。
これってさ、お前の自由を奪ってんのかな?俺から離れたい?俺よりいい男なんて町歩いてたら三分で出会えるぜ


「…男ってさ、女に先に死なれたらマジで篭っちまうらしいな」

「そうらしいね、それに女は旦那さんが死んでも案外やっていけるとか言うわよね。人それぞれだと思うけど」

「…俺さ、」

「なあに?」

「死ぬならお前より先に死にてぇ」


俺は弱い。お前のいなくなった世界なんかきっとどこを見ても灰色だ。
俺はそんな世界を生き抜ける自信なんかねぇんだよ。

だからさ、先に逝かせてほしいんだわ。
そんであの世でまたお前に逢いたい。

けどお前は強いから「何言ってるの、そんなこと言わないの」って俺に言うんだ。


「何言ってるの、そんなこと言わないの」


ほら、言った。


「なぁ、名前」

「なに?」

「今幸せか?」

「なによ、急に」

「応えてくれよー。なぁ、俺と居て幸せ?」


覚えておこう。
名前の色、匂い、甘い唇、しなやかな身体。
ジジィになっても俺のすべては名前だって言えるように、俺の存在している意味が名前を愛するためだって言えるように。


「名前、」

「もうー!さっきからなんなの?」

「名前、好き」

「ふふふ、私も好きよ」


俺は幸せを知ってしまったからお前のいない世界で一人になるのが怖いんだ。

だから、俺を置いて逝かないで。