恋に黒い感情は付き物です。


それは時として判断力を失い人を傷つけてしまうのです。

私は彼にとても最低な言葉を吐いてしまいました。

ですが私も恋する乙女

仕事中に街で自分の彼氏が知らない女と抱き合う姿を見てしまったら…

もう冷静さなんて塵となるのです。






まだ仕事があるのに私は早くこの感情を無くしたくて、安心したくて、部屋で書類を書いている退に会いに行った



「…今日はお昼ね、沖田さんと見回りだったの」

「へーそっか、隊長とペアとか大変だったでしょ?お疲れ様」



そう言って彼はいつもの優しい笑顔を見せ、私の頭を優しい手つきで撫でてくれた
だが黒い感情に支配された私は素直にそれを喜べない
信じたいのに
彼は人を裏切る様な人じゃない
彼は地味だけど優しくて、人の痛みなんかがわかる素敵な人間だ
私の大好きな人だ
けど……



「ねぇ、退…?」

「ん?何?」

「私見ちゃったの…」

「何を?」

「昼間、街で抱き合ってた女の人…誰?」



私がそう問うと退は一瞬だけ驚いた表情になったがそれはすぐに崩れ、いつものヘラッとした笑みに変わった



「あの人はね、あー…その、元カノだよ」

「………っ!!」



私より先に退を知って、私より先に退に愛され、私より先に……
一瞬でそんな考えが巡った
なんで女ってこんな嫉妬深いんだろう
なんで?どうして?元カノと何話してたの?…なんで元カノと抱き合ったりなんかしてたの?
全部言葉にしたいけど、私は一言も口から発っせないでいると退が口を開いた



「勘違いしないでよ?俺が好きなのは名前だけだよ、あの子は…自分で言うのもアレなんだけど…まだ俺が好きらしいんだ。それで俺今彼女いるからって言ったら『じゃあもう会ったりしないから最後に思い出として抱きしめて!』って…名前がいるのに最低かも知れないけどさ、あの子ちょっとヒステリックなところあるから名前に矛先向いちゃうかも知れないからあぁするのが1番だと思ったんだ」



一瞬だけ、本当に一瞬だけ…
嘘かも知れないと思った自分を殺したくなった


退を信じられないわけじゃない
それでも、だって、だって証拠がないんだ
それに何より私を不安にさせたのは昼間その現場を一緒に目撃した沖田さんの言葉だった



「名前より可愛いし勿体ねぇが山崎とお似合いでさァ」



もちろんそれは沖田さんの冗談だった
隊長は本当は誰よりも優しい人だから昼間は落ち込んだ私を無理矢理私が好きな甘味処まで連れて行って珍しく奢ってくれたぐらいだった
だけどその冗談に傷ついた
彼女は小柄で可愛いらしかった
身長があまり高くない退には彼女くらいの身長が1番似合うのかも知れない
自分がデカイわけでもないが彼女との方が似合ってる気がして悔しかった
嫉妬した。彼女と退が抱き合ってることにも彼女が退の隣に立っていることにも



「………ホントは退もまだ彼女のこと好きなんじゃない……?」

「え?」

「彼女可愛いかったもんね?私なんかより退に似合ってたよ?なんで別れちゃったの?私なんかと付き合うより彼女と付き合ってた方が友達にも自慢出来るでしょ?私なんか対して可愛くもないのに!女なのに真選組の隊士だし…退が私の何を好きなのかわかんない」



気づいたら泣きながらそんなことを口走っていた
あぁ、もう、自分ホント馬鹿
ヒステリー女みたい…ってもうヒステリー女か
もっと自分は余裕のある人間だと思ってた
自分ってこんな重い人間だったんだ
なんて器が小さくて嫉妬深いんだ
何より彼氏を信じられないなんて…



「…名前…それ本気で言ってるの?」



普段あまり怒らない彼が静かに怒っていた



「………ッ!!」

「…本気で言ってるんだったら許さないよ」



彼は立ち上がって私の手首を掴んだ
その動作がなんだか荒いし、力があまりにも強くて掴まれた手首が痛かった
今の彼からは普段の優しい彼を感じられなかった



「お互い蟠りない方がいいかも知れないね」

「な、にが…」

「俺もね、言いたいことがあるんだ」

「何よ…」

「今日沖田隊長と一緒に名前が好きな甘味処に居たよね?俺見ちゃったんだ、俺は地味だけど隊長かっこいいし隊長と付き合ってた方が友達に自慢出来るんじゃない?名前はなんで俺が好きなの?」



退は私と同じことを言ってみせた
これは私が退に吐いた言葉なのに退の言葉が胸に刺さった



「さ、がるは…本気で言ってるの?」

「………本気だって言ったら?」

「さがる…?」

「名前は同じ事を俺に言ったんだよ」



退は私の目を見ながら言った
私は退のその目に堪えられなくて部屋を飛び出した


無我夢中で走った
早く屯所から出たかった
途中で土方さんにぶつかって仕事と!?と怒られたけどそれも無視


私は靴すら履いていない
走って走って走って走って転んだ
起き上がったけどもう走る気にすらなれなくて座り込んでいたら
こんなときに漫画みたいなタイミングで雨が降って来た



「……退」



ごめんなさい退
私本当はあんなこと微塵も思ってないよ
退と毎日一緒に過ごしてて退が私の愛してくれてるのくらい分かってた
悔しかっただけで退と彼女が付き合えばいいなんて思ってないよ
なんで私こんなに子供なの?



「…はははっ、こんな彼女じゃ退も呆れるよね…」

「ホントにね」



背後から退の声がした
けど私は振り返れない
雨に紛れて泣いているから



「泣いてるの?」

「……ごめんなさい」

「………………。」

「あんなこと言うつもりじゃなかったの…あんなことホントは思ってないの…退が彼女と付き合えばなんて……」

「彼女とは喧嘩別れみたいになっちゃったんだ、彼女ヒステリックだったって言ったでしょ?そのことで喧嘩して別れたんだ。名前のこんな嫉妬して拗ねるのなんか可愛いもんだよ」



退は座り込む私の正面に来てしゃがみ込むと私の手を優しく握った
退も傘を持っていなくて二人して雨に濡れていく
隊服は水を吸って重い。退の長い前髪が顔に張り付いて邪魔そうだ



「俺は可愛い彼女が出来たからって友達に自慢するような奴じゃない。それに俺はあの子より名前の方が可愛いと思うよ」

「…退」

「俺は真選組隊士として誇りを持って戦う名前が好きだよ」

「ごめんね退…私嫉妬したし悔しかったの、彼女の方が退に似合ってるって冗談だけど沖田さんに言われて……」

「はは…ホントあの人はロクなこと言わないな」

「でも沖田さんは私を慰めてくれたし…」

「うん、だからムカつく。俺もあんなこと本気で思ってなんかないよ…隊長のことについてはホントに嫉妬したけど」



そう言ってむくれる退に自然と笑みが零れてクスクス笑っているとそれに気づいた退も笑った



「帰ろうか、名前」

「うん」

「あははっビショビショだ」

「怒られちゃうね」

「副長が名前探して怒鳴ってたよ」

「うえー…」



私と退は手を繋いで屯所までの短い道程を歩いた



跳ねた泥水
 
 
さようなら醜い私
 
 
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title by 舌
 

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