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「おはようリサ、ここいいかしら」
「おはようリナリー!どうぞどうぞ」

ジェリーさんの作る料理はいつも格別においしい。焼きたてのクロワッサンと温かいパンプキンスープを乗せたトレーを持ちルンルン気分で端の席に座ると、ちょうど朝食をとりにきたリナリーが向かいに座った。艶々の黒髪は今日も耳上の高い位置に括られていて、彼女が動く度にいい香りを漂わせている。

「そういえば昨日帰ってきたのよね、おかえりなさい」

満面の笑みを浮かべるリナリーは女の私でもドキッとするくらい可愛くて、少しだけ照れながらただいまと返した。戦場に咲く一輪の花とはまさに彼女を比喩する言葉であろう。こんなに可愛い子と任務なんて行った日には全男子が彼女に惚れてしまうのではないだろうか。それは私の想い人もきっと例外ではない。リナリーに打ち勝つ算段が何一つ浮かばず青い顔をしていると、カラカラと台車を押す音が後ろから聞こえてきた。朝から食堂でこんな音を立てるのはあの男しかいない。ゆっくりと振り返れば、台車に大量の料理を乗せた若白髪が私の背後で足を止めた。

「おはようございますリナリー、ここいいですか?」
「アレン君おはよう。どうぞ」
「ちょっと私におはようは!?」
「朝から喧しい女ですね」
「挨拶は人間の基本でしょー!?お、は、よ、う!」
「あーはいはいおはようございます」
「なにその態度!」
「もう二人とも、朝から喧嘩しないの」

だいたいなんで向かいのリナリーには許可取って隣の私には取らないんだよ。私の横に腰掛け多すぎる朝食を口にし始めるアレンは正直朝から見るには胸焼けする存在だ。見ているだけでお腹が苦しくなってくるのでなるべく視界に入れないようにしほかほかのクロワッサンを一口大にちぎる。

「リサ初任務ラビとだったんでしょ?変なことされなかった?」
「あはは、されてないよ大丈夫」

やはり彼の女好きは有名なものらしい。確かに軟派なその振る舞いに最初こそ不安を感じたものの、いざ仕事となれば彼はこの上なく頼りになる偉大な先輩エクソシストであった。それはリナリーもわかっているのであろう。本気で心配しているような様子はなく、むしろおどけたような表情を浮かべ笑っていた。

「色々相談にも乗ってもらっちゃって。なんだかお兄ちゃんみたいだったよ」
「そう?ならよかったわ」
「…君みたいな能天気女でも悩みがあるんですね」
「ちょっとどういう意味」
「そのままの意味ですが」

突然の嫌味に眉根を寄せながら横を見るとアレンは涼しい顔をしてクリームパスタを口に運んでいた。すぐつっかかってきやがってこの若白髪…!だいたい私の悩みなんて十中八九この男に関することである。自分で言うのもなんだが確かに私は能天気な性格だ。こんな男に恋なんてしていなければ思い悩むことなどきっとないであろうに。朝から気分を害され怒りを込めてアレンを睨むも、彼はそんな私を一瞥してから脛に蹴りを入れてきた。女に手を上げるなんて紳士が聞いて呆れる。だいたい昨日私の頬のガーゼ見て女のくせに顔に傷なんて〜とか言っておいて自分は私に傷負わせるんかい。まあここでやり返したらこのバカと同レベルだ、我慢我慢とコップに手を伸ばしたところでリナリーがそういえば、と口を開いた。

「ねえ、二人が廊下で抱き合ってたって聞いたけど」
「ぶふっ!」

突然の爆弾にアレンはパスタを噴き出し、私は水を誤嚥した。

「ヤダ二人とも…でもその反応は事実なのね」
「嘘ですデマです全くのデタラメです」

噎せ込んでいる私をよそにニヤリと口角を上げるリナリーとすかさず反論するアレン。その額にはだらだらと汗が浮かんでいる。やだ嘘でしょ、いったいいつ見られてたんだ…!

「ふふ、東洋の諺に火のないところに煙は立たないっていうのがあるの。根拠がなければ噂なんて立たないのよアレン君」
「…いやほら、その、アレですアレ、地下でちょっと肌寒かったから、この馬鹿女で暖を取ろうと」
「地下?私は自室の前って聞いたけど」
「…………!」

いやそっちかよ!私も完全に昨日のことだと思っていたが、噂になっていたのは入団初日の方だったらしい。完全に墓穴を掘ったアレンは大汗をかきながら目を泳がせ、それをリナリーは面白そうに眺めている。いやそもそも暖を取るなんて言い訳もさすがに苦しすぎるだろ。

「…いや、アレンって心配な時とか逆に安心した時とかって昔からよくハグしてくれるんだよね。なんかこう、家族愛的な感じで」

アレンに出した助け舟、のつもり。けれど実際にアレンのハグは恋慕というより親愛のそれで、そこに男女の感情はない。だってアレンが私を好きならこんなに毎日罵倒したり手を上げたりなんてしないはずだ。何年も一緒に過ごしたせいで、きっと他の人よりも距離感が近くなっているだけ。ね、とアレンに笑いかければ、喧しい馬鹿女とチョップを食らった。助けてあげたというのにこの男は…!リナリーはそんな私たちのやり取りを眺めくすくすと笑みを漏らし、そういうことにしておいてあげるわね、と席を立った。ふわりと香るシャンプーの匂いが鼻を掠めた。


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