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ロシアでの怪事件は上の睨み通りイノセンスが関与していた。アクマとの交戦を経て無事イノセンスを回収することに成功した私たち。これからホームに帰ろうという時にコムイさんから通信が入り、ラビはそのまま別任務へ就くよう指令が下りた。行きの汽車でなんやかんや話を聞いてくれたラビとは任務が終わる頃には完全に打ち解けていて、帰路に彼がいないことにもの寂しさを感じてしまう。長い長い旅路を終えようやくホームに着いた頃にはもうくたくたになっていた。
「ふう…疲れた」
回収したイノセンスをヘブラスカに預け、へブラスカの間を後にする。空調の利いた教団内とはいえ、下層階はやはり冷える。早くコムイさんに任務報告書を提出しよう、と少し早足になると、視線の先に見慣れた白髪を捉えた。ああ、彼も任務を終えて無事に戻ってきてたんだ。会いたくて仕方なかった大好きな人の姿に、自然と足は駆け出していて。
「アレン!」
「げ」
げとはなんだ失礼な。蹴りの一発でもくれてやろうかというところだが疲れきったこの身体で喧嘩を売ったところで返り討ちにあうのが関の山である。戻ってたんだね、と笑いかけると左腕でデコピンされた。お前のイノセンスは仲間を攻撃するためのものじゃないだろ。
「いったいんですけど」
「うるさい馬鹿女。なんですかその傷は」
頬に貼り付けたガーゼを指差し不機嫌な表情を浮かべるアレン。うるさいとはなんだこの野郎。普段ならこの時点で私も言い返すが、数日ぶりに会えたのに喧嘩は良くないと必死で堪える。
「ちょっと掠っちゃった。でも全然浅いから」
「一応女の癖に顔に傷なんて作って…君は本当に鈍臭い」
「こういう時は罵倒じゃなくて労いの言葉をかけるのが普通だと思いますけど」
「うるさい、馬鹿」
「もう、人でなし!」
この男の博愛主義に私はカウントされないらしい。私はお前が任務に向かったその時からずっとその身を案じて、無事に戻ることを心から祈っていたというのに。数年来付き添った姉弟弟子なのだから、生きて帰ってきたことにもう少し喜んでほしいところだ。
「無事に帰ってきてくれてて良かったって安心したのにさ。アレンは全然そんなこと思ってなさそう」
「…はあ、この馬鹿」
「何回馬鹿って言え、ば…」
気が済むの、と続くはずだった言葉は発せられることなくアレンの胸板に吸い込まれていった。久方ぶりのアレンの香りが鼻を掠める。口では散々言ってはいるが、私の頭をゆっくりと撫でるその手つきは酷く優しかった。
「どれだけ心配だったと思ってるんですか。ただでさえ鈍臭くて怪我ばかりしてるくせに」
結局罵倒かよと思ったのも束の間、そんな言葉とは裏腹に腰に回された腕には力がこもる。
「で?あとは何処ですか怪我したのは」
「…右肩と左脚」
「この大馬鹿」
抱き締める腕の力から察するに、どうやらアレンはかなり私を心配してくれていたらしい。そもそもこんな下層階でばったり出会うこと自体がおかしいのだ。私に会うために追いかけてきてくれたことは察するに容易い。
「へへ」
「何笑ってんですか気色悪い」
「なんでもないよ。ただいま、アレン」
「…おかえりなさい、リサ」
強まる力に応えるようにアレンの背中に腕を回す。悪態ばっかりつくけれど、きっとこの人は私を大切に想ってくれているのだ。それがたとえ私の感情とは違う家族愛のようなものであったとしても、今はその気持ちが嬉しい。ゆっくりと目を閉じ、彼の体温を感じた。
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