日直とは面倒なもので、日誌を書くのを忘れていた私は放課後少しだけ残って記入作業に追われていた。まあたいして時間のかかるものでもないのですぐに終わらせ、職員室に出しに行って。やっと帰れると教室へ続く廊下を歩いていると、ドアの前で棒立ちする、私の好きな人の姿が目に入った。

「…黄瀬くん?」

彼は教室のドアの小窓を見つめたまま、私の呼び掛けに答える素振りを見せない。近寄ってみても私に反応を示すことはなくて、その切れ長の目は大きく開かれていた。どうしたのかと彼の視線の先を辿ると、教室内には二人の男女の姿があって。

「好き、です…」

名前の通りに桜色に頬を染めた桜ちゃんが、可愛らしい声でそう告げた。彼女の告白を受けているのはもちろん黄瀬くんではなく、隣のクラスのサッカー部エースの彼で。

「俺でいいの?」
「も、もちろん!ずっと好きだった、から…」

頭を掻いて照れくさそうに言う彼に、赤くなりながら気持ちを伝える桜ちゃん。黄瀬くんが言われたという好きな人とは、彼のことだったのか。教室内は既に二人の世界で、覗き見もどうなのかととりあえず視線を下げた。黄瀬くんの方は、見れなかった。

「…退散しよっか、俺ら邪魔だし」

想像よりも遥かに落ち着いた声で、黄瀬くんはそう呟いた。自らを邪魔と評する黄瀬くんの心は今、どれほどズタズタにされているのだろう。平静を装って歩き出す黄瀬くんの背を、三歩後ろから追いかけた。


「…逃げてきたはいいっスけど、荷物あっちなんスよね俺」
「…私も」

とりあえず他クラスの教室に入った私たち。手近な席に腰を下ろす黄瀬くんの側で、私は立ち尽くしていた。どうしていいのか、何を言えばいいのか、今の私にはわからない。今は何を言っても、彼の心を傷つけることしか出来ないだろうから。

「…なんかごめん、付き合わせちゃって」
「ううん、大丈夫…」

黄瀬くんの笑顔は明らかに引き攣っていて、無理して笑ってるのなんか見なくてもわかった。彼女のことで脆く笑う黄瀬くんを見るのは何度もあったけど、今日はその比じゃなくて。今にも崩れてしまいそうな彼を、どうすれば支えてあげられるのか。私に出来ることなんて、ない。

「…ごめんね。困るっスよね、こんなタイミングで俺と二人とか」
「え、いや…」
「気遣わせちゃって、ほんとごめん」
「…大丈夫だから、謝らないで」

もし恋を叶えたのが桜ちゃんでなく黄瀬くんだったら、今私はこうなっていた。想像しただけで、胸がずしんと重くなる。桜ちゃんと笑い合う黄瀬くんの姿を思い浮かべて、胸が潰れてしまいそうになった。

「…ここにいるのが北城さんでよかったっス」

黄瀬くんは伏し目のまま、私の手を取りきゅっと握った。その手は大きいはずなのに、なんだかひどく小さく感じて。縋るように私の手を掴む黄瀬くんは、そのまま少しだけ震えだした。太陽に反射してきらきら光る涙が、彼の膝に落ちる。

「ごめ、ちょっとこのままでいさせて」

小さく肩を揺らす黄瀬くんに、掴まれた右手が熱い。彼の瞳から流れる涙は美しくて、けれど悲しかった。あれは全部、彼が彼女を好きだという証だ。彼女を想って泣く黄瀬くんに、痛みにうちひしがれる黄瀬くんに、私の胸は悲鳴を上げていた。


水没した花に手向け
彼の想いは、深く沈んでいった

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