私の好きな人には、好きな人がいる。

「黄瀬くん」
「…」
「あの、黄瀬くん」
「え、あ、なんスか?」

ある一点を見つめたまま呆ける黄瀬くんに声をかけるも、私の声など耳に入っていないようで全く反応がない。そんな彼にズキ、と胸を痛めつつも、今度は肩を叩いて呼んでみればやっと私に気付いてくれた。

「プリント。前に回してくれる?」
「あ、はいっス。ごめんボーッとしてた」
「ううん」

申し訳なさげに苦笑いしてみせると、私の手からプリントを抜き取りもう一度笑顔を見せてくれた。そのまま前に向き直って、自分の分を重ねて同じように前の子に回す。その機械的作業を終えると、彼はまたさっきと同じ方を向いたまま動かなくなった。
斜め前を見つめる黄瀬くんの横顔に、ドキドキ胸を高鳴らせる。瞬きする度揺れる睫毛も、頬杖をつく長い指も、左耳に光るピアスも、全てが私を締め付ける。だって、彼の視線の先に何があるのか、私は知ってるから。

「黄瀬ちん見すぎ〜」
「え!?」
「どんだけあの子のこと好きなんだし」
「え、ちょ、紫原っち声でかい!」

隣の紫原くんに指摘され、驚いた表情で慌てる黄瀬くん。耳まで赤くして紫原くんを咎めるその姿は、明らかに恋をしている顔で。そんな彼を見て私は、今日も密かに胸を痛めるのだ。
黄瀬くんが想うあの子は可愛くて素直で優しくて、私なんかとは似ても似つかない素敵な子。いっそ彼女を貶してしまえれば楽なのに、人気者で欠点のないあの子の悪口なんて探したところで見つからなくて。私の大好きな人が、大好きになっただけあるなあなんて、他人事のように考えた。

「もうさっさと言っちゃえばいいじゃん。桜ちんだって、」
「ちょ、紫原っちマジでストップ!!」

慌てて紫原くんの口を塞いだ黄瀬くんは、キョロキョロと辺りを見回した。大方彼が具体的な名前を出したから、周りに聞かれていないか焦っているのだろう。赤い顔をして慌てふためくその姿に、また私の胸は軋む。みんな知ってると思うけどなあ、なんて思いながら見ていたら、ばちりと視線が交わって。

「…北城さん、聞いてた?」
「あ、えっと…」
「ほらぁ!紫原っちのせいでバレたじゃん!」

半泣きで紫原くんに怒る黄瀬くん。彼が彼女を、桜ちゃんを好きな気持ちがその行為から痛いほど伝わってきて。ガラガラと音を立てて崩れていく私の恋心をぐっと抑えて、私も口を開く。

「あの、紫原くんのせいじゃないよ。前から知ってた、から…」
「え!?」
「いや、えっと、黄瀬くんいつもあの子のこと見てたし」
「ほら〜俺のせいじゃねーじゃん。黄瀬ちんが見すぎなだけ〜」
「ちょ、まじっスか?」

もうやだ…と黄瀬くんは頭を抱えて踞った。さらさら揺れる金髪から覗く耳はやはり真っ赤で、もう泣きたくなってしまう。なんで私の恋は、こんなに上手くいかないんだろう。

「…北城さん、お願いだから内緒にしといてっス…」
「…うん、言わないから安心して」
「ありがと」

困ったように眉を下げて笑う黄瀬くん。慌てて私も笑ったけれど、彼の目に私の笑顔はどう映ったのだろう。このぎこちない笑みで、黄瀬くんの目は誤魔化せただろうか。自分でも情けないくらいガタガタの笑顔を貼り付けながら、悲鳴を上げる胸を抑えて笑った。


上手に泣けない魚ちゃん
泣くことさえも、出来なかった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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