あれからというもの、私は徹底的に黄瀬くんを避けてしまっていた。
あの翌日、黄瀬くんとどう接すればいいのかわからなかった私は、彼が教室に入ってきた途端席を立ってしまった。黄瀬くんはこちらを見ていた気がするけれど、でもどうしていいかわからなくて。あんなこと言って、急に泣き出して、きっと黄瀬くんは私の気持ちに気付いてしまったはずだから。
一度避けてしまえばもうそのまま避け続けるしかなくて、私と黄瀬くんはめっきり口をきかなくなった。黄瀬くんも黄瀬くんで敏感な人だから、私のその態度を見たら無理に声をかけることはしなくて。更に先週した席替えで席も離れてしまえば、私たちを繋ぐものなんて何もなくなった。あんなにお喋りした日々が、嘘みたいに。

「桜ー」
「!」

教室のドアから、彼女を呼ぶ声がした。先日付き合いだした彼氏の元に駆け寄る桜ちゃんは、恋する乙女の顔をしている。幸せそうなその笑顔に、何故か私の胸まで痛んだ。きっと黄瀬くんは、まだ。
見ていられなくて、そっと目を伏せた。
仲睦まじい二人の姿にお似合いだよね、なんて声の聞こえる中、私の頭には黄瀬くんばかりが浮かんでいた。黄瀬くんは、一体どんな顔して彼女たちを見てるんだろう。ちら、と横目で彼の席の方を覗き見る。と、そこにいたのは、彼女たちを見つめるわけでも、傷ついて肩を落としているわけでもなく、真っ直ぐに私を見つめる黄瀬くんがいた。

「え」

慌てて視線を逸らす。なんで、どうして、こっちを見てるの。心臓がばくばくと音を立てて、顔に熱が集中してくる。赤くなるところじゃないけれど、ここまで心臓が動けばそりゃ血色もよくなるわけで。
どうしよう、うざいと思われたかな。桜ちゃんが彼氏と話してる時に視線向けるなんて、あからさますぎた。…たぶん黄瀬くんは、吹っ切れてはいない、し。

みんなが幸せになれるなんてありえない。誰かの幸せは誰かの不幸せとセットになっていて、今この瞬間にも涙を流してる人はどこかにいる。…けれど、どうしてそれが、黄瀬くんと私なんだろう。どうしてこんなにも、報われないんだろう。想いが届かないなんて珍しいことじゃないけれど、でもやっぱり、どうしてもつらかった。


次の日、いつも通り早めに登校した私は、自分の席に座るなり溜め息を溢した。黄瀬くんと口をきかなくなって、もうどれくらい経つだろう。あれ以来黄瀬くんは、つらい時誰に気持ちを吐き出しているんだろう。
もう、いっそ諦めてしまいたいのに。そう思う度、黄瀬くんの優しい笑顔が頭を掠めるのだ。…人魚姫も、こんな気持ちだったのかな。つらくて悲しくて、忘れてしまえれば楽なのに。けれど王子様を忘れることも、まして殺すことも出来なかった。私と同じで、王子様が、大好きだから。

「北城さん」

後ろの方から聞こえた声に、びくりと肩を揺らした。落ち着いたその声は、他でもない彼のものだったから。

「黄瀬くん…?」

ドアから顔を出して優しく笑う黄瀬くんに、私の体は凍りついた。


きみの残り香になく
きみの懐かしい香りがした

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