やだ。やだやだやだ。なにがどう嫌なのかというととにかく全部が嫌だ。黒子くんが桃井ちゃんにメール返してるのとか、黒子くんが桃井ちゃんに優しくしてるのとか、もうぜーんぶ嫌だ。あれ、黒子くんと桃井ちゃんのことしか言ってないや。まあいっか。とにかく今の私は機嫌がすこぶる悪いのだ。少なくとも、体育館の外で一人体育座りして膝に顔埋める程度には。あーもうやだやだ。ばか。顔を上げることなくそのままじっとしていると、キュッキュッと足音が聞こえてきた。間違いなく私の方に向かってきてるけど、変わらず私は体育座り。


「どうしたんですか、綾瀬さん」
「…うるさい」


部活を終えたであろう黒子くんが、私の横に腰を降ろして尋ねた。うるさい。ばか。黒子くんなんて知らない。見ての通り私は機嫌が悪いんだ。察しろばか。隣から香る爽やかな匂いは、とても今の今までバスケをしていた人のものなんて思えない。そんなことすら腹立つ。ばか。


「何かありましたか」
「なんもない」
「それにしては機嫌が悪いですね」
「うるさい」
「ボクには教えてくれませんか」
「教えない」
「困りましたね」
「勝手に困れば」


どうしましょうか、なんて言いながら、少しも困ったような雰囲気は感じ取れない。相変わらず顔は膝の上だから表情は見てないけど。それでもやっぱり抑揚のない心地良い声を発する彼は、いつものこととでも言うように私のこの悪態に全く動じていなかった。そのかんじもむかつく。あほ。

…本当は、私がむかついてるのは黒子くんじゃない。もちろん桃井ちゃんでもない。私が嫌なのは、私自身だ。わがままで、すぐ不機嫌になって、黒子くんを振り回して。こんなダメな彼女、いつか愛想尽かされちゃうかもしれない。こんなのいらないって、捨てられちゃうかもしれない。そんなのやだ。けど、でもやっぱり私はわがままばかりだ。勝手に不機嫌になって、こんな可愛くない口きいて。ばかなのは私だ。


「…桃井ちゃんに、デート誘われたんでしょ」
「…よく知ってますね」
「本人に聞いた」
「そうですか」
「…どうするの」
「もちろん断りましたよ」
「…行きたかった?」
「まさか。ボクには綾瀬さんがいますから」


するっと、黒子くんの指が髪を梳く。気持ちいい。黒子くんの優しい手つきに安心して、目を閉じる。黒子くん。黒子くん。いつだって私を大事にしてくれて、大切に思ってくれる黒子くん。そんな黒子くんを私も大切に思ってるし、何より大事。
黒子くんの手が止まり、ゆっくりと頭を上げる。


「行ってほしかったですか?」
「…ほしくない」
「ならよかったです」
「…すき、黒子くん」
「はい、ボクもですよ」
「ひどい態度とってごめんね」
「大丈夫ですよ、気にしてません」
「…だいすき」
「ボクも大好きです」


私のおでこに黒子くんのおでこがぴたりとくっついて、すごく近い距離で目が合う。淡い水色の瞳を細めて優しく笑うから、私も笑った。
わがままばっかりでごめんね。かわいくなくてごめんね。素直な気持ちが少しでも伝わるように、ゆっくりと、はっきりと伝える。
好きな子のわがままなら、大歓迎です。黒子くんはそう言って、私と唇を合わせた。



黒子くんに困りましたねって言わせたかっただけ

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