「黒子、くん…?」


背には壁、横には白い腕、目の前には黒子くん。…いわゆる壁ドンというヤツだ。放課後の図書室なんて人気があるわけもなく、当然私と黒子くん以外誰もいない。つまり、この状況を打開できる可能性は極めて低いというわけだ。


「黒子くん、どうしたの?」


そもそも、どうしてこんなことになっているのか。彼が怒ってるのか悲しんでるのかすらわからない。なんせ心当たりがないのだ。普段から読めない人ではあるが、今はいつにも増して何を考えてるのかサッパリである。いつになく真剣なその瞳は、私を真っ直ぐ見据えている。…好きな人にこんなことされて、緊張しない人がいるだろうか。付き合ってるとはいえ、彼の前兆のない行動には毎度ドキドキさせられる。


「…楽しそうでしたね」
「え?」
「さっき、クラスの男子と盛り上がってたでしょう」
「あ…」


そういえば。さっき隣の席の男子と、下らない話で騒いでいたことを思い出す。騒いでたっていってもそんな大声を上げてたわけじゃないし、黒子くんに見られてるなんて思わなかった。


「綾瀬さんはフレンドリーな人ですから、男友達が多いのはわかります。別に男と話すななんて言う気はないです」
「っ…」
「でも、あんなに親しげにされると、さすがに妬きます」


言いながら、どんどん顔を近付けてくる黒子くん。それに比例して、どんどん視線が下がる私。黒子くんの顔が目と鼻の先にあって、恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからない。


「綾瀬さん」


ボクを見て──。その言葉にゆっくりと伏せていた目を向けると、案の定彼の淡い水色と目が合った。恥ずかしくて仕方ない。こんな距離で絡み合う視線に、私は戸惑いを隠せない。パニックになる私に気を良くしたのか、彼は目尻を下げて小さく笑った。彼との距離が、なくなる。


「く、くろこ、く」
「…黙って」
「ん…ふ、っ」
「っ……かわいい、です、綾瀬さん」


唇を離すと、黒子くんは鼻や瞼にゆっくりとキスを落としていった。彼の薄い唇が触れるたび、ビクリと身体を震わせてしまう。黒子くんが、こんなに近い。頬に口付けた黒子くんは、そのまま唇を横に這わせた。


「っ、」
「…好きです、綾瀬さん」
「くろこ、くん…っ」


耳にそっとキスをしてそう呟く彼に、腰が抜けてしまいそうになる。ずるい、そんなの。彼との近さに、間近で感じる息遣いに、心臓が破裂してしまいそう。


「だから、ボクもそれなりに嫉妬してますんで」
「ひ…あ」


そう言って、私の耳穴に舌を突っ込んできた黒子くん。厭らしく響く唾液の音に、背徳感でいっぱいになった。


「黒子く、ここ、図書室…!」
「知ってます」
「じゃあ、やめっ…」


やめません。吐息混じりでそう呟く彼は、きっと誰より意地悪だ。彼の髪の毛くらいしか見えないけれど、楽しげに微笑む黒子くんの表情が見えた気がした。

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