「ちわーっス」
「黄瀬、グラウンド10周」
「は!?」

部活が始まって暫く経った頃、呑気な声を響かせ体育館に入ってきた黄瀬に赤司くんが笑顔で言い放った。

「ちょ、なんでっスか!」
「堂々と遅刻した奴が意見するな」
「え、待って待って俺掃除!掃除当番だったんスよ!」

絶対零度の笑顔で黄瀬を一蹴する赤司くんに、縋るような勢いで弁解しだす黄瀬。半泣きになりながら慌てる黄瀬の言葉に、思い当たる節のある私ははっとした。

「つーかみょうじ!赤司っちに言っといてって頼んだっスよね!?」
「ご、ごめん忘れてた!」
「はあ!?おまえまじない最悪!だからブスなんスよ!」
「ブ、ブスは関係ないでしょ!?黄瀬こそサイテー!」

そうだった。黄瀬と同じクラスの私は、部活に行く前に黄瀬から遅れる旨を聞いていたのだった。本来一番に赤司くんに言わなきゃいけなかったのに、体育館に入るなりさつきちゃんに呼ばれバタバタしている内に伝えるのを忘れてしまったのだ。確かに私が悪いけど、ブスとか言うことないでしょ!ていうか気にしてんだから言うのやめろ!

「だいたいあんたが自分で伝えりゃよかったじゃん!人に頼んだ時点であんたも悪いから!」
「あーもーみょうじを信用した俺がバカでした赤司っちすんません」
「なにそれ!」

くっそ人をバカにしやがって!黄瀬は私の頭をばしんと叩くとそのまま外に行ってしまった。あんだけ騒いだくせに走ることは案外素直に受け入れるらしい。じゃあなんのために弁解してたんだよなんのために私を罵倒したんだよ。叩かれた頭を押さえて黄瀬の消えていった入口を見つめていると、ふふ、と小さく笑いを溢された。振り向けばそこにいたのはさつきちゃんで。

「仲良しだね」
「ちがう!」
「はいはい、じゃあなまえちゃん、あっちで仕事再開しよ!」
「あ、うん」

黄瀬と赤司くんに駆け寄ったことで放置してしまっていたさつきちゃんとの仕事に戻る。さつきちゃんが終始にやにやしてるけど無視だ。そりゃクラスも同じで部活も同じとあれば、自ずと会話も増えて仲良くなるのは自然なこと。だんだん黄瀬は私に暴言吐いたりバカにするような態度をとるようになったけど、まあ気の許せる仲ってだけでそこに愛はない!けど周りからは、そうは思われていないらしい。

「青峰君と帰る時ね、いっつもきーちゃんとなまえちゃんの話してるんだ」
「は!?」
「お似合いだよねーとか、いつくっつくのかねーとか」
「ちょ、私と黄瀬はただのクラスメイトってだけで…」

にこにこ笑みを絶やさないさつきちゃんを見て、反論するのをやめた。だってなに言ってもたぶん無駄だしこれ。
それからは黙々と作業を続けて、やっと一段落ついた頃。さつきちゃんに笑顔でタオルとドリンクを渡され、意味がわからず首を傾げると彼女はその桃色の唇を開いた。きーちゃんの足ならそろそろ戻ってくるはずだから、それ渡してあげて、だそうで。いやいやとタオルを返そうとしたがうるさいからさっさと行けと今度は青峰に怒られ、渋々体育館を出る。

「あれ、みょうじ」
「…!」

さつきちゃんの読みは相変わらず正確だ。普段のこいつのタイムから計算して戻ってくるタイミングを計っていたらしく、体育館から一歩出た途端汗だくの黄瀬が戻ってきた。

「…これ」
「え?あ、さんきゅ」

とりあえずさつきちゃんに渡されたタオルとドリンクをそのまま黄瀬に渡し、どうしたものかと考える。普通にしてればいいんだろうけど、さっきのさつきちゃんの言葉のせいでなんか普通に出来なくて。

「…?なんかみょうじ変」
「そ、んなことない」
「いやいやいつもそんな静かじゃないじゃん。どしたんスか急に、ブスなのに暗いとかいよいよ救えないっスよ」
「だからブスブス言うなバカ!」
「…もしかしてブスって言われたからへこんでる?」
「へこんでないですぅー」
「いやいや機嫌悪いし」
「うるっさいなあもう!」

そりゃ、これでも一応お年頃だし。異性にこんな毎日ブスとか言われたら、気にならないわけではないけど。だいたい人一倍顔の整ってるこいつに言われたら言い返せないからむかつく。私の気持ちなんて知らないで、この男は。
なんか考え出したらほんとにへこんできて、ちょっと顔が俯いてしまう。そんな私を見て黄瀬は大きめな溜め息を溢すと、またすぅ、と息を吸った。

「…あー!もう!」
「え?なに急に」
「ほんとにブスだったらブスとか言えねーよ!つーかこんな構わねえっス!」
「え、ちょ、は?」
「っ、いるじゃん、好きな子に意地悪しちゃう小学生とか。俺モロそのタイプで」
「えっと…?」

突然叫んだかと思えば、ぺらぺらと訳のわからないことを話し出す黄瀬。ちょっとちょっと話が見えない。だってそれじゃ、黄瀬が私のこと、そういう風に思ってるみたいに聞こえるじゃん。いやいやそんなバカな。そんなわけないとわかってるのに、心臓はバカみたいに反応してぐんと体温が上がる。やだ、期待してるみたいで恥ずかしい。動揺しながら黄瀬を見上げると、彼もバカみたいに赤い顔色をしていた。

「だからつまり、俺みょうじのこと好き」
「え…」
「ブスとか思ってないっス。むしろ逆、っつーか…あー恥ずいな!」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き回したあと、黄瀬はきりっと私を見つめた。ぼさぼさの髪でそんな顔されても、とは思ったが真っ赤な黄瀬を見ればなんだかこっちまで恥ずかしくなってきて。モデルでもキセキの世代でもない、等身大の中学生が、そこにはいた。

「俺と付き合ってください」
「!」

真剣な黄瀬の言葉に、火がついたように顔が熱くなって。だってそんな、今まで喧嘩友達だったこいつにそんなこと言われたら、私。どくどくと逸る心臓を押さえてゆっくり開いた私の口から滑り落ちた返事は、もちろん。
私の答えに破顔する黄瀬は、誰よりも可愛くて、かっこよかった。

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