「あと一押しだと思うんスよねー」
「はいはい、じゃあ頑張れば」
「ちょっと!真剣に話してるんスけど!」

前の席のみょうじなまえに恋愛相談を持ち掛け始めて早1ヶ月。隣のクラスの可愛いあの子に恋をしてる俺は、サバサバしていて俺に靡かないこの女を相談相手に選んだ。

「さっさと告んなよもー。大事なとこでへたれんな」
「だってちゃんと段階踏みたいじゃないスか」
「もう十分踏んだよホップステップしたんだからあとはジャンプするだけでしょーが」
「簡単に言うなっての!」

しれっと言ってのけるみょうじに反論するが、まったく聞く耳を持ってくれず。いきなり告ってもしフラれようものなら俺のメンタルは再起不能な状態になってしまうので、もう少し仲良くなって、確信を得てから告白したいのだ。我ながら女々しいとは思うが。

「ね、黄瀬。真面目な話さ、あとはほんと告白するだけだと思うのよ私は」
「う、うっす…」
「でね、あの子も薄々勘づいてると思うわけ。けどさ、私がいるからなかなか進展しないんだと思うんだよね」
「…は?」

まあ、確かに俺とみょうじはこうしてよく一緒にいるけれど。正直みょうじが言ったことには俺も同意出来る部分はあるが、でも彼女に相談しないと気が済まないのも本音。あの子からすればアプローチしてくる男が自分以外の女子といつも一緒にいれば、混乱するのも当たり前だろう。どうしたものか。

「だからさ、私にもうあんま相談すんな」
「え」
「あの子と付き合いたいんでしょ?」
「そ、そうっスけど…」
「だったらちょっと距離置こ。別に友達やめるわけじゃないんだしさ」
「…ん、わかった…」
「大丈夫、応援してるから」

みょうじはそう笑って、前を向いてしまった。後ろから眺めるみょうじはやたら細くて、こんなに小さな背中に今まで頼っていたのかと驚いた。…よし、今まで協力してくれたみょうじのためにも、頑張らなくては。


「ね、お昼一緒に食わないっスか?」
「黄瀬くん!うん、食べよう!」

あれから一週間、みょうじの助言なしで俺は彼女へのアプローチに努めていた。我ながら、なかなかいい雰囲気に持ち込めていると思う。今日も中庭で一緒に昼飯を食べ、他愛ない話をしながら笑う。可愛らしい彼女の笑顔に愛しさを感じるも、同時に何か、喪失感のようなものを感じている自分もいた。彼女とはいい関係になれているはずなのに、一体どうしたというのか。

「…黄瀬くん?」
「っ、ん?何スか?」
「ボーッとしてたから。どうしたの?」
「ごめんごめん。別に何もないっスよ」
「そう?ならいいんだけど」
「ごめんね、何の話だっけ」

バカか俺は。せっかく彼女と一緒にいるのに、他のこと考えるなんて。自分に呆れつつ再び彼女に目を向ければ、また可愛らしい花のような笑みを浮かべてくれた。

「映画!明日から公開するやつ、面白そうだよねって」
「ああ」

そうだ、確か少女漫画が原作のラブストーリー。漫画の映画化なんて失敗する場合が殆どなのに、彼女はこれでもかというほど目を輝かせていた。

「…よかったら、一緒に観に行かないスか?」
「え?」
「あ、ホント、よかったらなんスけど…」
「行きたい!あれね、黄瀬くんと観たいと思ってたんだ!」

彼女の言葉に、驚きすぎて反応するのが遅れた。俺と、観たい?コッテコテのラブストーリーを、俺と?それはつまり、そういうことなんだろうか。心臓がどくんと大きな音を立てる。

「じゃあ、次移動だから戻るね!また連絡する!」
「え、あ、うん…」

ぱたぱたと校舎に戻っていく彼女を見つめながら、先程の言葉についてぐるぐると考えを巡らせていた。これって、もしかしてうまくいく?赤くなる顔を自覚しながら、慌てて携帯を取り出した。アドレス帳からみょうじの名前を探して、急いでメール画面を立ち上げる。

『デートすることになった』

情けなくも震える指でそう送ると、しばらくして携帯が鳴った。すぐさま開くとやはりみょうじからのメールで、頑張れ!と一言。相変わらず淡白なメールだが、さっきまで感じていたモヤモヤが少しだけ晴れたのを感じた。


その夜彼女からの電話で詳細を決め、今ついに待ち合わせ時間になった。しっかり一張羅も着てきたし、楽しみなはずなのに、俺の胸には何かがつかえている。最近ずっと俺を蝕むこの喪失感は、一体なんだというのか。頭をがしがし掻いてこのモヤモヤを取り去ろうとしていると、可愛らしいワンピースに身を包んだ彼女が小走りでやってくるのが見えた。

「ごめんね黄瀬くん、待った?」
「いや、来たばっかっスよ」
「よかった!じゃあ行こっか!」

にこりと可憐な笑みを浮かべて、俺の隣を歩く彼女を連れて館内に入る。席に座って雑談をしていると、映画の上映が始まった。彼女は夢中になってスクリーンを見つめているけれど、俺にとっては正直退屈で。それでも、楽しむ彼女を見ていれば自分もそれなりに楽しめるだろうと思っていたが、全くそんなことはなかった。食い入るように見つめるその横顔を可愛いとは思うものの、胸の高鳴りは微塵も感じない。小花柄のワンピースだって彼女らしくて似合ってはいるが、やはりときめきの対象にはならなかった。代わりに俺の胸に巣くうのは、相変わらずの虚無感で。なんなんだよ、とイライラしつつスクリーンを見つめると、ちょうど切なげなBGMが流れ始めた。別れた女を、失って初めて惚れていたことに気付いたらしい男。そんな姿を下らないと思いつつも、それがなんとなく胸に引っ掛かった。


「映画面白かったね!」
「そうっスね」

上映後、俺と彼女は食事に来ていた。楽しそうに映画の感想を話す彼女の言葉が、全く耳に入ってこない。その代わりに、俺の頭には先程の男優の姿が繰り返し再生されていた。失って初めて、その大切さに気付く男。それがなんだか、他人事には思えなくて。
この胸を覆う喪失感。耳に入ってこない彼女の話。他人事には思えないあのストーリー。それらがぐるぐると頭を回って、そしてある結論に辿り着いた。

もしかして俺は、みょうじが好きなのか?

そう考えたら、今までの全てに合点がいった。喪失感を抱くようになったのはみょうじと話さなくなってからだし、彼女にドキドキしないことも、あのワンシーンがやたら頭に残っていることも、すべて納得できる。そうだ、俺はみょうじのことが。

「ごめん、ちょっと急用出来たんで帰るっス!」
「え、黄瀬くん!?」
「これ、俺の分のお金!ほんとごめん!」
「ちょっと黄瀬くん!?どうしたの!?」

自分の気持ちに気付いたら、いてもたってもいられなかった。慌てて店を出て携帯を取り出し、彼女の携帯に電話をかける。

『もしもし?』
「みょうじ!今どこ?」
『え、家だけど…つーかあんた今日デートじゃないの?』
「今から行くから!」
『え、ちょっと黄瀬!?』

驚いた様子の彼女を無視して電話を切った。そして、みょうじの家に向かい全力で走る。自覚した途端にあいつへの気持ちが溢れてきて、どうしようもなかった。一刻も早くあいつの家に行けなければ。


「黄瀬…?」

家の前まで行くと、みょうじは外に出て俺を待っていた。その姿に、その声に、あの子には感じなかった胸の高鳴りを感じている。やっぱり俺が好きなのは、こいつだったんだ。

「みょうじに、言いたいことがあるんス」
「え?それよりあんた、デートは…」
「抜けてきた」
「は!?おまえなにして、」
「あの子より、みょうじに会いたくて」
「え…?」

俺の言葉に目を見開くみょうじ。その姿が愛らしくて、不意に抱き締めたくなって。彼女の手を引き抱き寄せると、当然ながらみょうじは慌てて抵抗しだした。

「ちょっと黄瀬!?」
「…好きだ」
「…え?」
「俺、みょうじが好きなんスよ」

俺の言葉を聞いた瞬間、彼女の抵抗が止む。みょうじの表情を見ようとそっと身体を離せば、これまで見たこともないくらい、真っ赤に顔を染める彼女の姿があった。

「み、見ないで」
「なんで?可愛いっスよ」
「ちょ、ほんとにやめて」
「…返事、もらってもいいスか?」

みょうじの頬を撫でながらそう言うと、真っ赤だった顔を更に赤く染め、口をパクパクさせ始めた。そんな姿が愛しくて微笑むと、彼女は照れながら、か細い声を出した。

「…わ、たしも…すき」
「…まじで?」
「まじで」
「…嬉しいっス」

彼女を再び抱き締めると、今度は抵抗されることなく、むしろ背中に手を回された。みょうじの家の前だけど、そんなこと気にしてられるか。強い力で彼女を抱き締め、もう二度と離さないと心に強く誓った。

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