「菜緒ん家来るの久々っスね」

ん、と短く返事をしながら小さなテーブルに紅茶とクッキーを置く。私の部屋にこの男が足を踏み入れるというのは2度目のことだが、こういう関係になってから招くのは始めてだった。前は元彼のことで号泣してたしそんな意識してなかったけど、今は意識しないという方が無理な話で。ぎこちない私の動作にくすりと笑みを洩らした涼太を、軽く睨んでやった。

「そんな顔しても怖くないっスよー」
「うるさいな」

調子乗ってると追い出すよ、とジト目で言えば、さすがにそれは嫌だったのか不満そうな表情を浮かべながらも涼太は大人しくなった。ベッドに背を預ける涼太の隣に少しだけスペースを空けて腰を下ろす。が、腰に腕を回されて引き寄せられ、結局は密着する羽目になった。…前は一人ぶんくらい空けて座ってたのに、今じゃこんなにくっついて座ってるだなんて。涼太はティーカップに手を伸ばし、私の淹れた紅茶を一口飲んだ。

「…前さ、菜緒めっちゃ泣いてたよね」
「…まあ」
「今は幸せ?」
「ん」
「ならよかった」

泣きに泣いたあの時とは違う。比べるのもどうかと思うけど、こいつはあの人とは違い私を本当に想ってくれて、本当に大切にしてくれる。そんな人と一緒にいて、幸せじゃないわけないじゃんか。涼太はティーカップを置いて、私の腰に回していた腕を首筋に持ってきた。そのまま視線が絡み合って、そっと唇が重なる。角度を変えて何度も触れて、頭がふわふわしてきた頃にやっと涼太の顔は離れた。

「…慣れてきた?」
「全然」
「えーまじスか。こんなに何回もしてんのに」
「慣れるわけねーだろお前じゃないんだから」
「どういう意味スか」
「そのままだよバカ」

キスされる度にバクバクうるさい心臓。顔だって熱いし、そもそも触れられるだけでも緊張するのに。胸に手を当ててみれば恐ろしいくらい速い鼓動に、自分が驚いてしまった。私も私でそろそろ慣れないと、これ絶対寿命縮むわ。

「…菜緒ってやっぱ着痩せするよね」
「は」
「ほら、そうやって手当ててるとさ、谷間」
「っしねよまじで」

突然何を言い出すかと思えば、涼太の目線は確実に私の胸へ行っていた。大真面目に言ってくるこいつを殴りたい。手なんか当てなきゃよかった…!

「普段はあんまあるように見えないけどちゃっかりCっスもんね」
「…は」
「え」
「なんでサイズ知ってんだよ!」

顔が一気に熱くなるのを感じた。なにこいつまじでありえない!なんでそんなの知ってんのつーかどこで知ったの!きもすぎて後ずさると、涼太はその分前に出てきて距離が開くことはなかった。なにこいつほんとにきもい。

「菜緒のことなら何でも知ってるっスよー。バストは84でしょ、ウエストは」
「だからなんで知ってんだよ!!」
「えへ」
「えへじゃねーよもうほんときもい帰れバカ!」

なんでスリーサイズまで知ってんの、私だってはっきりとは知らないんだけど。なんで本人が知らないことをこいつが知ってんの。へらへらしてんじゃねーよなんで楽しそうにしてんだよ!

「帰るのはさすがにキツいっスよー。まあここにいんのもそれはそれでキツいけど」
「え」
「菜緒の匂いでいっぱいだし、密室だし、ベッドあるし、家誰もいないし?」
「!」

先程までの空気から一変、急に真剣な顔つきになった涼太は、私の腕を掴んでそう言った。瞳の奥がなんだかギラギラしているように見えて、ごくりと唾を飲む。

「き、今日はだめ」
「なんで」
「お母さん帰ってくるし」
「いつ」
「夜、だけど」
「それまでに終わらす」
「や、あの、明日友達と遊ぶし」
「優しくするっスよ」
「あんたのそれは信用できない」
「なんでよ、約束するから」
「と、とにかくだめ!」

問答をしながらどんどん距離を詰めてくる涼太。気づけば腰に手が回され抱き寄せられていて、最初と負けず劣らずな密着ぶりだった。だめだと拒否しても涼太の瞳に宿る熱が消えることはなくて、どうしていいかわからなくてどんどん目が潤む。焦る頭で必死に考え、なんとか出した結論を元に涼太のシャツをぎゅっと掴んだ。血色の良い唇に、勢いに身を任せて触れる。

「…今日はこれで我慢して、ください」

そっと唇を離して、至近距離でそう言えば涼太はちょっと赤くなった。かと思えば、あー、なんて言って顔を押さえるもんだから、その表情は窺えない。

「煽ることにおいてあんたの右に出る奴いねーよ…ほんと、アホか」
「な、」
「今日は我慢するけど、次会った時覚悟しとけ」

色っぽい目つきで見つめられながらそう告げられ、これは本当に覚悟しとかなきゃやばいかも、なんて思った。自制は利く方、なんて言ってたの誰だよバカ。

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