『菜緒ー、会いたい』
「急に何」

夕方、部屋でのんびりしていると涼太から電話がかかってきた。普段こんな微妙な時間にかけてこないから何かあったのかと思って電話に出れば間延びした声でそう言われ、ちょっと心配したのがアホらしくなる。

『今部活終わって帰り道なんス』
「お疲れ」
『菜緒と会えたら疲れ取れるんだけどなー』
「なにバカ言ってんの」

さっさと帰って寝るのが一番疲れ取れるに決まってんだろ。と正論を告げても涼太が折れることはなく、結局は外に出るため服を着替えてる私がいる。もう、急に言うから髪整える時間もないじゃん。高く結い上げ寝癖を誤魔化し、財布と携帯を持って慌てて階段を下りる。ドアを開ければ夕暮れ時だというのに暑苦しい気温に包まれ、少し眉根が寄る。勝手に提案されたとはいえこんな中あいつを待たせるのも悪いので、急いで家を後にした。


「りょーた」
「あ、菜緒」

コートのある公園に着くと、涼太はベンチに深く腰掛けながら携帯を弄っていた。その隣に腰掛け来る途中にコンビニで買ってきたアイスを出す。二つセットになっているそれを切り離して片方を涼太に渡せば、少し驚いた顔をしつつもすぐに目を細め、ありがとと呟き受け取った。さっき買ったばっかなのにもう柔らかくなってるとかどんだけ暑いんだよ。

「なーんか高校生カップルってかんじっスね」
「なにが」
「部活帰りに会ったりとか、アイス半分こしたりとかさ」

おまえが呼び出したんだろが。このアイスだって、二つ買うよりこれ分けた方が安かったからだし。……ほんとは、半分こしたかったってのも、なくはないけど。

「ありがとね、アイス」
「…別に」

ここで素直に笑えたら、きっと可愛いんだろうなあ。生憎私は無愛想だし素直じゃないから、そんな反応してこいつを喜ばせることも出来ないんだけど。たまに、本当に私でいいのか不安になる。涼太を疑うわけじゃないし愛されてるとは思うけど、もっと可愛くて、素敵な子がいるだろうに。まあそんなことこいつに言ったらたぶん不機嫌になるから言わないけど。

「今日は縛ってるんスね」
「ボサボサだったから」
「そう?」
「誤魔化したけど結構ひどかったんだから」
「それはそれで見たかったんスけど」
「ざけんなバカ」

ポニーテールの先に指を絡め、アイスをくわえながら私の髪で遊ぶ涼太。別に害はないからスルーしてたら、涼太の長い指がだんだん毛先から離れ首筋に触れてくる。肩が跳ねてしまったのが恥ずかしい。

「キスマ、消えちゃったね」
「っ、そりゃ消えるでしょ」

以前首筋につけられたキスマーク。あれから何日か経ったし、そこまで強く吸われたわけではないから気付いたら消えてしまっていた。つーか消えてなかったら髪なんか縛ってこねーわ。

「付けてい?」
「いいわけねーだろ触んな」
「えー」

えーじゃねえよアホか。あーもう、少しくらいボサボサでも下ろしてくるべきだった。こいつの視線は完全に私の首筋にしか向いていなくて、危機感から身体を離す。こいつまじでどこでも盛んな。

「…初めてキスしたのもここだったっスね、そういえば」
「…あんたが勝手にしてきたんでしょ」
「拒まなかったのは誰っスかねー」

左手にあるフェンスに目をやる。あのフェンスを背に、こいつにキスされたのは一ヶ月近く前だ。今思えばあの時は、もうとっくにこいつのこと好きだった気がする。気がするっていうか、好きだった。うん。絶対言わないけど。

「菜緒」
「なに、!」

名前を呼ばれ涼太の方を向くと、振り向き様に唇が重なった。ちょ、こいつ、ふざけんなまじで。離れ際に唇を舐められ、ぶるりと背筋に寒気が走る。嫌な意味じゃなくて、や、良い意味でもないけど、とりあえず変な気持ちになった。

「…そろそろ一ヶ月っスね」
「…うん」
「菜緒、好き」
「…私も」

空になったアイスの包装をきゅっと握る。付き合う前も後も何度も言われた言葉だけど、いまだに慣れることはない。涼太は私の頭を撫でると、帰ろっか、と言って立ち上がった。目の前に差し出された手を握り、私もベンチから腰を上げる。一ヶ月経ってもこの調子って、慣れるのに何ヶ月かかるのかな。そこまで考えて、自然にこいつとの未来を想像していることに気がついた。何ヶ月先も、ずっとこいつの隣にいられたらいい。

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