とりあえず涼太をお風呂に入れて、私はその間ご飯を作って。たぶんこの一週間ろくな食生活を送ってなかったことが窺える冷蔵庫から適当な食材を取り出して作った料理を、お風呂から上がった涼太はおいしいと言って食べてくれた。ご飯の時も会話はなくて、涼太は普段の威勢が嘘のように全く口を開かなくて。食器を片付けながらテーブルから動かない涼太を盗み見れば、相変わらず俯いていてその表情は窺えない。いったいどうしたものか。
「…ね、私もお風呂入りたいんだけど、服どうすればいい?」
「脱衣場に置いといた」
「え、あ、ありがと」
食器を洗い終わって、じゃあお風呂いただくね、と言えば涼太は無言で立ち上がって。痛むであろう足を庇うように歩いて私に近寄り、後ろから肩を抱いてきた。
「早く出てきて」
「…ん、わかった」
先に寝ろと言ったところで、こいつはたぶん私を待つだろうから。なるべく早く上がる約束をして涼太の腕から抜け出し、急いでお風呂に向かった。
こいつん家のお風呂、使うの三回目だ。服を脱いで入った瞬間、湿気と共に涼太の匂いに包まれてドキンと心臓が音を立てる。香水のせいもあるだろうけど、涼太は男とは思えないくらい良い匂いがする。そんな香りが鼻腔を擽って、なんだかいやにドキドキした。これは、約束なんてなくても早く出ることになりそうだ。
「涼太」
用意された涼太の服に身を包み慌てて出てくると、彼はソファでぐったりとしていて。回り込んで見下ろしてみると、涼太は視線をこちらに寄越して私の身体を抱き寄せた。私のお腹に顔を埋める涼太の表情はやはりわからない。
「ごめん、菜緒」
「や、別に」
頭を撫でてやると、私を抱く腕の力が一層強くなった。さらりと揺れる金髪に指を通しながら、これはもう寝かせた方がいいな、と考える。ただでさえメンタルやられてるのに、疲れもあって余計拍車がかかってるんだ。
「ね、もう寝よ」
「…」
「疲れてるし、早く休んだ方がいーから」
首をふるふると横に動かす涼太。髪が擦れて擽ったいなんて考えつつも、どうしたものかと頭を悩ませる。困ったな。
「ね、じゃあせめてベッド行こ。寝るまでついててあげるから」
「…ん」
とりあえず横にならせるのが先決だと思った私の提案に、やっと涼太は頷いた。手を繋いで寝室に入って、涼太をベッドに入らせる。横になっちゃえばたぶんすぐ寝るよね、なんて考えて気を抜いていたら、繋いだ手を思いきり引っ張られ私もベッドにダイブする羽目になった。瞬く間に涼太の腕の中に収められ、身動きがとれなくなってしまう。
「ちょ、涼太、」
「…勝ちたかった」
「…!」
絞り出すように零れたその言葉は、私の抵抗を止めさせるには十分だった。いつも自分の気持ちは隠してばかりの涼太の、本音。私を抱き締める腕が震えていて、涼太の悔しさが痛いくらいに伝わってきて。涼太の首に腕をまわして、思いきり抱き締めてやった。気の利いたことなんて言えないけど、それで十分な気がしたのだ。いつも仮面を貼り付けて自分の感情を露にしない涼太が、こんなに自身をさらけ出してくれている。
それから涼太は一度も口を開かなかった。代わりに聞こえてくるのは、僅かな嗚咽。私はそれを少しでも癒せたらいいのにと、涼太を抱き締めながら思った。