終業式が終わり、人が多すぎて蒸し暑い体育館からいち早く抜け出す。今日でついに1学期も終わり、高校生になって初めての夏休みが始まるわけだが。

「菜緒ー」
「うっわ来んな」

体育館を足早に出たのはこいつに捕まらないためでもあったのに、私を追ってきたらしいこのアホに腕を掴まれてしまった。ふざけんなよ一年の校舎じゃねーんだから先輩とかもいるんだぞ。

「今日はさすがに待っててくんないっスよね…」
「当たり前だわ」

なんとなく誘導されて人通りの少ない場所に通される。今日は午前終わり、こいつはこれから夜まで部活。単純に考えて8時間くらいあるし、それを待つなんてありえない。そもそもお昼すら持ってきてないし。謙虚さの欠片もないこのアホもさすがに遠慮したようで、っスよねぇ、なんてちょっとしょぼくれた表情で溢した。

「じゃあさ、ちょっと言うこときいてよ。それで我慢するから」
「はあ?」

なんで私がこいつの言うことなんかきいてやんなきゃいけないんだ。目でそう訴えればこいつにも伝わったようで苦笑されたが、どうやら退く気はないようで。笑顔の圧力で返され渋々頷くと、こいつの唇がにんまりと弧を描いた。

「菜緒からキスして?昨日みたいに、さ」
「っ!」

こいつそのニタニタの理由はこれか!昨日のことが一気にフラッシュバックしてボッと顔が熱を持つ。ふざけんなよこいつ必死に忘れようとしたのに思い出させんなクソ!だって昨日めちゃくちゃ可愛かったんスもん、なんて笑顔で言ってくるこいつをまじで殴りたくなった。

「調子のんな」
「のってねーって、ほら」
「うざい屈むな顔近付けんな!」
「この方がしやすいっしょ?」
「するなんて言ってない!」

無意味とはわかっていながらもこのバカの胸を押して抵抗する。まあ予想通り全く通用しなくてどんどん迫られて、私の顔の前でぴたりと止まった。あくまで私からしてほしいらしくそのまま近付くことはなくて、とんでもない至近距離で見つめ合うはめになる。

「っやめ、黄瀬、」
「涼太」
「っ、りょーた、離れろってば!」
「キスしてくれたら、ね」

あーもう泣きそう。ふざけんなよこいつくそ。ここまで近付いてそのままとか、いっそしてくれたら楽なのに。こいつの胸についたままだった手で、ワイシャツをぎゅっと握り締める。そんな私の手を黄、…涼太は上から握って、愛でるように親指で撫でた。

「ついでに言っとくっスけど、抵抗すんのは逆効果っスよ。そういうの燃えちゃう方なんで」
「知るかアホ」
「ほら、菜緒」

あー、もう。少し涙の滲んだ目で涼太を睨んで、そして両手でその広い肩を掴んだ。にやりと笑ったこいつをまた睨んで、真一文字に結んだ口を開く。

「…目、閉じて」
「はいっス」

私の要望に素直に応じた涼太を確認してから、少し背伸びをしてその薄い唇に触れた。薄いのに柔らかいその唇の感触は何度キスしても全く慣れない。照れ臭くてすぐに離れると、涼太は少し不満そうに、けれども優しく笑っていた。

「ま、ギリギリ合格っスかね」
「は」
「可愛かったから許すけど、次からはもっと長く、ね」
「っ、ざけんな変態」

肩に置いていた手を離し、後ろに下がって距離をとる。もう捕まるもんか、触れられそうになったらすぐ逃げてやる。そう思ったけれど、どうやらその心配はなかったらしい。涼太の笑顔が、寂しそうなものに変わったのだ。

「…どうしたの」
「や、学校終わったら会えないなって。俺部活だし」

確かに、学校がなくなっては少なくともこうして毎日会うことはなくなる。それくらいのことですれ違ったりしないって信じてるけど、そりゃ私も寂しくないと言ったら嘘になるわけで。…でも、こいつのこの表情は、ほんとにそれが原因だろうか。

「…なんか言いたいことあるの」
「え?」
「そんな顔してるよ」

たぶん、会えないことが直接の原因じゃない。何か別のことが、こいつにこんな顔させてる気がする。…確証はないけど。

「…試合、観に来てくんないスか」
「え?」
「大事な試合なんス。…菜緒に、見ててほしい」

憂いを帯びた笑みを浮かべる涼太から、目が離せなくなった。こいつのこんな顔、久々に見た気がする。

「うん、行くよ。ちゃんと見てる」
「…ありがと」

足りない背丈で涼太を抱き締めると、それに応じるように抱き締め返された。こんな顔して、こんなに弱々しい姿を見るのは、本当に久しぶりのことだった。

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