「そろそろ帰る」

黄瀬にひっつかれながらなんとなくダラダラと過ごしていると、かなり時間が経ってしまっていることに気付いた。まだそこまで遅い時間じゃないけど、そろそろ帰んなくちゃ。これ以上いると帰んのめんどくさくなるし。

「えーもう?」
「十分居座ったっつの」
「まだ全然っスよー。てか泊まってきゃいいのに」
「アホか。ほら支度するから離して」

ぶうたれるアホから抜け出して荷物をまとめる。支度を済ませて最後にトイレを借りて、玄関に行こうとすると既に靴を履いた黄瀬がスタンバっていた。

「ん、送る」
「…ありがと」

差し出してきたその手を握る。暑苦しいはずなのに、こいつに触れるのは全く苦にならない。私も大概アホだよなあ、なんて思いながら二人並んでマンションを出ると、外はすっかり暗くなっていた。

「今日楽しかった?」
「………まあ」
「何スかその間」
「あんだけいろんなことされて素直に頷けるか」
「あー…まあまあ、そこはいいじゃん」

家に入るなり追い詰めれて太股を撫でられ、更にはDキスまでされ(しかも2回)、そんな被害に遭って純粋に楽しかったと言えるほど私のメンタルは強くない。かといって、楽しくなかったなんてことは全くなくて。黄瀬と過ごして楽しかったし、その、幸せだったのも事実だ。今だって、私の手を握るごつごつした手に、筋肉のついたたくましい腕に、これでもかってくらいドキドキしてる。絶対言わないけど。

「だいたいね、男の家来るってのにそんな服選ぶ方が悪いんスよ」
「サイテー性欲魔」
「は!?言っとくけど俺自制は利く方だから」
「どこが」
「一応まだ手出してないじゃん。これでもかなり我慢してるんスから」

我慢してあれなのかこいつは。その言い種に呆れるが、でもよく考えたらなんかとんでもない発言な気がして顔を伏せた。我慢してるってつまり、私のことそういう目で見てるってこと、だし。付き合ってるんだから当たり前だと言われるかもしれないけれど、こういうちゃんとしたお付き合いはこちとら初めてなのだ。そんなのわかるわけないじゃんか。

「…なんでそこで照れんの」
「うっさい照れてない」
「はいはい」

いつものように私をあしらいながら、繋いだ手を握り直す黄瀬。私の手をすっぽりと包み込んでしまうこの大きな手は、私を不安にさせたり緊張させたり安心させたり、触れ方ひとつでこうも心境を変えてくるんだからずるい。

「…黄瀬」
「…違うでしょ」
「は」
「涼太」

うっわ、何かと思ったらそういうことかよ。さっき一回呼んだから満足してくれないかなとか思ったけど、こいつがそんなに控えめな人間なわけがない。口の両端を釣り上げ私を見つめるその瞳はいつになく楽しげで、そして艶っぽさを孕んでいた。こいつ、たぶん呼ばないとさっきと同じことしてくる。こんな公衆の面前で、それだけはご勘弁願いたい。恥ずかしい気持ちを圧し殺し、絡められた指をぎゅっと握った。

「…りょ、涼太」
「はい、何スか?」
「…うざいもうほんと嫌い」
「まーた照れちゃって」

うざ。こいつのこういうやたら余裕ぶるとことか、ちょっと甘やかしてくるとことか、ほんと嫌い。私ばっかドキドキして、どんどん好きになっちゃうから。あれだけ落ちないと豪語していたこいつにどんどんのめり込んでしまいそうで、私の好きの方がこいつの好きよりも大きくなっていく気がして、無性に悔しいのだ。ほんと、余裕ぶんなバーカ。

「ほら菜緒、着いたっスよ」
「…りょ、うた」
「ん?」

穏やかな表情で首を傾げるこいつの余裕が、やっぱり悔しい。気付いたら彼の襟元を掴み、そして自分に引き寄せていた。整ったその顔は驚いたように目をぱちくりさせていて、そんな様子にどんどん恥ずかしくなってきて。これは、さっさとやっちゃわないと、私がダメになるやつだ。
引っ張ったことによって私と同じ高さになった涼太の顔に自らの顔を寄せ、一思いに唇を重ねた。

「……え」
「っ、じゃ!おやすみ!」

すぐに唇を離して掴んでいた襟元も解放し、自宅の玄関に駆け込んだ。胸に手を当てると信じられないくらいに心臓が忙しなく動いていて、顔も恐ろしいくらい熱くて。ただでさえ暑苦しいってのに、ほんと勘弁してよ。
奴の余裕を崩すためにやった行為で自分が一番余裕を無くすなんて、本当にバカだ。

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