チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して、特別教室のある棟にダッシュする。あそこは普通の教室がないので移動とかじゃない限り生徒は寄りつかない。そこでお弁当を食べるのが、私の日課になっていた。今日は社会科準備室に侵入させていただくことにする。

黄瀬を避けはじめて、1週間は経っただろうか。黄瀬に会わないように休み時間の度にトイレに引きこもったり、クラスの子に頼んでどこかへ行ったと黄瀬に嘘を伝えたり。ここまで徹底するとさすがに会うことはなくなり、あの夜以来私は黄瀬の姿を見ていなかった。

「…っ」

あの夜、と自分で言っておいて途端に恥ずかしくなる。未だ鮮明に覚えている唇の感触が、温度がフラッシュバックして、私を熱くさせた。
あの時、私は黄瀬とキスをした。思い返すと途端に恥ずかしくなって、誤魔化すように固く目を瞑る。拒もうと思えばいくらでも拒めたはずなのに、どうして私は黄瀬を受け入れたのか。黄瀬のことを考えれば考えるほど頭がこんがらがって、黄瀬にどんな顔して会えばいいのかわからなくなって。一度あいつを避けはじめたら、徹底的に避ける他なくなってしまった。今の私には、黄瀬にどんな態度で接すればいいかなんてわかるわけがなかった。

あれだけ毎日一緒にいたのに急に距離を置きだしたからか、ここ数日で色んな人に黄瀬とのことを聞かれた。別れたの?なんて何人にも聞かれたけどそもそも付き合ってねーよ。まあ私が何を言ったところで噂というのは一人歩きするもので、最終的に私が黄瀬をふったというデマがたった1週間でものの見事に広まった。まあ、どちらにせよ私という邪魔物がいなくなった今、黄瀬ファンの子たちは一斉に告白というものをしているらしい。そして、みんな泣いて帰ってくるのだそうだ。なんでも今黄瀬は荒れているようで、かなり酷い断り方をしてるんだとか。

黄瀬の名前を聞く度に、あの日のことを思い出して恥ずかしくなって、色んな思考がごちゃごちゃとせめぎあって、結局はそれ自体から目を反らす。急にあんなことされたら、どうしていいかわからないに決まってるじゃんか。自分の唇にそっと触れて、また顔がぐんと熱くなった。椅子の上で膝を抱えるように座って、そこに顔を埋めた。もう、意味わかんねーっつの。ぐしゃぐしゃになった頭の中はどんなに考えても整理されることはなく、私を強く支配した。

ごちゃごちゃ色んなことを考えながらお弁当を食べ終わると、時計はちょうど昼休み終了五分前を指していた。お弁当箱を片付けて社会科準備室を出て、教室に向かう。がやがやと騒がしい他クラスの教室の前を通過し、自分のクラスのドアに手を伸ばす。その瞬間開いたドアから姿を表した人物に、驚きすぎて手に持っていた弁当箱がするりと抜け落ちて地面に落下した。

「菜緒…?」

目を見開いた黄瀬が私を呼ぶと同時に、反対方向へ駆け出した。

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