「菜緒いねースか?」
「さっき教室出てったよ」
「…どーもっス」

菜緒のクラスのドアを閉めて、自分のクラスの方へ足を向ける。今日も、一人で昼飯か。

あの夜以来、俺は菜緒に避けられていた。いつ会いに行ってもクラスに菜緒の姿はないし、メールも電話も完全に音信不通。最初こそ菜緒に会うため休み時間を返上して探し回ったが、そうまでして俺と会うことを避けているんだと思うと気が引けて探すのをやめた。
キスをした日、ゆっくりと唇を離すと菜緒はそっと目を開け、そして俺を見ることなく一目散に逃げ出した。それ以来菜緒は俺を拒絶し、触れることはおろか、声も姿も確認出来ていない。隣のクラスなのに会わないなんて、どんだけ俺のこと避けてんだよ。

「はー…」

菜緒といつも食べていた踊り場で、コンビニで買ってきたパンを開ける。それを口に運びながら携帯を開くと、新着メール一件の表示。そんなわけないとは思いつつもどこか期待してメールを開くと、やはり菜緒ではなく知らないアドレスからのメールだった。携帯を見るたびにこんなことを繰り返している自分は我ながら女々しいと思う。放課後下駄箱で待ってます、と表示された画面を、溜め息を吐きながら閉じた。

昼休みだというのに、人の来ないこの踊り場だけはいやに静かで。パンの袋のがさがさという音と自分の咀嚼音しか聞こえないことに今さらながら寂しさを感じた。菜緒の声が、菜緒の姿がないだけで、ここはこんなにも虚無な空間に成り下がる。

「菜緒…」

自分でも聞き取れるか危ういくらいのその声は、誰の耳にも届くことなく階段に吸い込まれて消えていった。俺がいかに菜緒に依存していたかを身をもって知る。菜緒に、会いたい。

菜緒はあの時、俺を拒絶することなく、むしろ受け入れた。菜緒を拘束する手にも力は込めていなかったし、逃げようと思えばいくらでも出来たはず。だが菜緒は、俺のキスを受け入れたのだ。
彼女が何を考えて、何を思っているのか。今回ばかりは全くわからない。元彼の時もあの夜も、菜緒との距離が近付いているのを確かに感じた、のに。

「…つまんね」

菜緒を失った今、俺の日常はバスケだけで成り立っている。それはそれでいいのかもしれないが、でも、やはり何かが足りない。彼女と出会う前の、退屈な日々が戻ってきている。
久々に、あの感覚が俺を襲った。菜緒が教えてくれた、そして拭ってくれた、寂しさ。壁に頭をもたれかけ、自嘲気味に鼻で笑った。自分が寂しいと思っていることにすら気付いてなかった頃とは訳が違う。心の欠けた部分が満たされる、寂しさを消し去ってくれる感覚を知ってしまったから。自分が寂しさを感じているということに、気が付いてしまったから。

「あんたがいないと、やっぱしんどいわ」

菜緒に会いたい。そう強く思った。

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