「なーんで返してくれないんスかぁ」

メール、と背後から聞こえてきた声にぞっとする。放課後一人で日誌を書いていると、いつの間にやらやってきた黄瀬が私を包むように後ろから手をついてきたのだ。ヤバイ、これは逃げられない。且つ、下手な返答をして奴の機嫌を損ねれば、何をされるかわからない。つーかおま部活どうしたんだよ。

「…別に。私あんまメールまめじゃないだけ」
「嘘はダメっスよー。俺に返すのやだったんしょ?」


くそ、バレてやがる。てかわかってんなら聞くなよ。はあ、と溜め息をついてそうだよと告げれば、やっぱり、なんて吐息がかった声を耳元で出しやがるからもう体中鳥肌だらけだ。どんだけ自分に自信あんだよ、イケメンだと思ってなかったらそんなキモいこと出来ないだろ。

ちかちか点滅する携帯を、嫌な予感を察知しつつも開いてみれば案の定受信ボックスには知らないアドレスからのメールがあって。黄瀬涼太の文字を確認した瞬間携帯を投げつけてやろうかと思った。しないけど。

「あのさ、わかってんなら聞きにくんな」
「やだな、そんなん口実に決まってんじゃないスか」

小宮サンに会いにきたんスよ、なんて、妖艶な笑みを浮かべて言うものだから、あまりのキモさに全身が凍りついた。バッカじゃないのこの人。しんでしまえ。なんて言ったら終わるから言えないけどさ。

「なんか用?」
「ここまできて惚けるんスか?」
「惚けてないんだけど」
「…この体勢じゃ、あんま反抗しない方が身のためっスよ」
「っ!」

再び耳元に顔を寄せ、ぴちゃ、と舌を這わせてくる。キモいキモいやめろふざけんな!今度こそ本当に全身が凍りつく。とにかくこの体勢をどうにかしなくてはと身を捩って抵抗するも、私よりも幾分体の大きい黄瀬には全く通用しない。私、女子ではかなり力強い方なのに…!

「ホラ、だからだめっスよ。抵抗なんかしたところで、勝てるワケないんスから」

いくら私に力があるといっても、相手は180越えのバスケ部レギュラー。確かに、私がどんなに逃げようとしたところで黄瀬に勝てるワケはない。諦めて抵抗をやめ、向き直って黄瀬を睨む。

「…なんで、私なの」
「は?」
「黄瀬に反抗的な女の子なら、私じゃなくても探せばいるでしょ。なんで私なんだよ」

黄瀬の目力に怯みそうになるも、目を逸らさずにはっきりと告げる。これは前から気になっていたことだった。少ないかもしれないけど、黄瀬に良い感情を抱いてない女子や反抗的な態度を取る女子はきっといる。なんでわざわざ、私なの。
黄瀬は、私を見下すように、乾いた笑いを浮かべた。

「別に?暇潰しだし」

冷たい目でそう言い放った黄瀬に、鳥肌が立った。

別に、何を期待したわけでもない。私だからだと言ってほしかったわけでもないしそんなこと思ってもない。が、こうも堂々と暇潰し宣言されてはさすがに腹が立つのは当然である。なんであんたの暇潰しに、私が付き合わなきゃいけないわけ。この男、本当にサイテーだ。

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