「…え、黄瀬?」 「は?菜緒?」
なんでここに、こいつが。たぶんお互いがそう思ったことだろう。只今午前0時。場所は、公園の横のバスケットコート。そうそう会うようなタイミングじゃない。
学校が終わってすぐ帰った私は、疲れていたのかそのまま眠り込んでしまった。つい先程目を覚まし、喉の渇きを潤すためコンビニにジュースを買いに出た。その帰りが今である。
「何してんのこんな時間に」 「俺の台詞っスよ。あんたこんな夜中に何彷徨いてんスか」
何って、コンビニ。そう言ってジュースが何本か入った袋を持ち上げれば、呆れたように溜め息を吐かれた。あんたこそ何してんの、と今度は私が尋ねれば、自主練、とだけ返ってくる。んなもん見りゃわかるっつの。まあ、たぶん部活出れなかった分ここで挽回とかそんなこと考えてんだろうけど。ビニール袋をがさごそ漁って、買ったばかりのスポーツドリンクを手に取った。
「はい」 「え」 「差し入れ」 「…どもっス」
案外素直に受け取った黄瀬を横目で見つつ、コートを囲むフェンスのすぐ側まで移動し、背を預ける。ビニール袋にまた手を突っ込み今度は炭酸飲料を取り出して、蓋を開けごくりと喉に通した。
「…何してんスか」 「付き合う」 「は?」 「言っても帰んなそうだし、かと言ってほっといたら朝までやりそうだし」
あんたが身体壊してもやだから、と続ければ、黄瀬は少し納得いかなそうな、けれど反論するわけでもなさそうな複雑な表情を見せた。そんな顔されてもあんたが帰るまで私も帰りませんけど。私の考えることなんて何でもお見通しな黄瀬は、諦めて練習に集中し始めた。
「ごめん、お待たせ」 「おー、お疲れ」
すぐそこの水道で頭から水を被り、更には汗だくになったシャツを脱ぎ捨て盛大な生着替えをしてみせた黄瀬は、すっきりとした表情で私を見下ろした。髪からはまだ水滴が滴っていて、首筋を伝う滴がそれなりに、というかかなり色っぽくて。なんだか悔しくて残りの飲み物を一気に喉に流し込んだ。ぬるくなってあまり美味しくないそれの入ったボトルをビニール袋に戻し、地面に置く。
「何、見とれた?」 「ねーわ。バカじゃないの」
へらへらと軽薄に笑いながら、黄瀬は私の隣に寄りかかる。黄瀬の重みがかかってフェンスが少し沈んだ。
「…帰んないの」 「もうちょっと。あと少し、菜緒といたい」
そう言うと同時に、黄瀬の手が私の手を握る。ったく、まじで手慣れてやがるこいつ。すんなりとそんなことが出来てしまう黄瀬にこのやろうとは思うが、それを振り解く気にはならなかった。
「ありがとっス。ぶっちゃけ菜緒来なかったら朝までやってたわ」 「おまえちゃんと身体労れよ。まじで体調崩すよ?」 「気を付けるっス」 「…あんたが頑張ってんのなんか私も部活の人もちゃんと知ってんだから、無理しすぎんなアホ」 「…ん、ありがと」
ぎゅう、と手の力が強くなった。少しだけ顔を横に向けると、黄瀬も同じことをしていてばっちり目が合う。気恥ずかしくなって逸らそうとしたけれど、黄瀬の目がそれを許さなかった。琥珀色の瞳に囚われて、抜け出せない。
「俺、やっぱ菜緒のこと好きっスわ」 「…は」
目を見て改めて告白され、どう返していいのかわからなくなる。切れ長の目は細められ、唇は弧を描いていた。そんな、優しい表情されたら、本当にどうしていいのかわからない。戸惑いを隠せないでいると、黄瀬はくすりと小さく笑って私の手を離し、フェンスから離れた。黄瀬の重みがなくなって少し押し戻される。何を思ったのか、黄瀬は私の真正面に立った。何を始める気かとそのまま見つめれば、黄瀬はどんどん距離をつめてくる。反射的に彼の胸に手をつくと、その手をそっと掴まれ、フェンスに縫い付けられた。指の間に黄瀬の指が絡んできて恋人繋ぎのような形になり、両腕とも完全に拘束される。けれど黄瀬の手つきがあまりにも優しくて、抵抗する気にはならなかった。
「黄、瀬?」 「…菜緒」
黄瀬の顔が、ゆっくりと近付く。
「嫌だったら、拒否って」
掠れた声でそう呟いて、少しだけ動きを止める黄瀬。これから何をされるのか、やっと脳が理解した。けれど、それにどう対処すべきなのか、それは私にはわからなくて。黄瀬がまた少しずつ近付いて、私の脳は働くことをやめて、もう何もわからなくなって。私には、目を瞑るくらいしか出来ることはなかった。
唇に触れた柔らかいそれは、熱くて、優しかった。
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