カーテンの隙間から降り注ぐ強い光に耐えきれずに目を開ける。休日だからのんびりしようと思っていたが、そうはいかないみたいだ。この季節の日差しは、室内にいてもきつい。
上半身だけ起こした状態で頭の覚醒を待っていると、だんだんと眠りから覚めてきた脳は昨日の記憶を鮮明に甦らせた。

「うっわ…」

夜のテンションとは恐ろしいもので、よくよく思い返してみると恥ずかしさにのたうちまわりたくなる場合がほとんどである。昨日の私の行動もまた、それにあてはまるわけで。何故昨日の私は、ああも黄瀬に笑いかけ、さらには抱き締めたりしたのだろうか。いつも反抗的な態度をとっている分ああして素直な面を見られたのは心底恥ずかしいし、抱き締めたことに関しても、初めてではないにしても顔から火が出そうな程度には恥ずかしかった。
頭をがしがしと乱雑に掻いて、身体を起こした。このまま一人でいたらたぶん思考がループして、今日一日ずっとこのことを考えてしまう。どこかに出掛けようとクローゼットに目をやると、そこに掛けられた制服が目に入った。

枕元に置いてある携帯を手に取って、クローゼットに歩み寄る。制服のスカートのポケットに手を突っ込み、中に入れていたものを掴んだ。…あの日に貰った、ストラップだ。
黄瀬の携帯にも、これと同じものがついている。私がこれを付けたら本当にお揃いになってしまうわけで、ずっと付けるのを躊躇っていたそれ。きらりと光るシルバーを指でなぞって、ゆっくりと携帯に通した。

「…はあ」

ストラップのついた携帯を顔の高さまで持ち上げ、溜め息をつきながら見つめる。昨日の黄瀬の優しい笑顔が思い出されて、それを掻き消すようにぶんぶんと頭を振り、着替えを始めた。




じんじんと照りつけるような日差しに目を細める。駅の方まで足を運びいろいろな店に目を向けながら、日光から逃れるためとりあえず手近な本屋に入った。
ひんやりと冷たい空気が火照った身体を冷やしてくれる。ハンドタオルで額の汗を拭いながら、いつも立ち読みしている雑誌コーナーに足を向けた。どの雑誌もダイエットだの夏デートスポットだの、似たような特集を組んでいる。パラパラとページを捲っていると、見覚えのある景色が取り上げられていた。

「…!」

あの時の、海沿いの公園だ。しかも「観覧車に乗れば永遠に結ばれるというジンクスがある」だなんて書いてある。…観覧車、乗ったし。冷えていたはずの身体が一気に熱くなって、勢いよく雑誌を閉じた。

「だめっスよ、売り物雑に扱っちゃ」
「!」

耳元で聞こえたその声に慌てて振り返ると、そこには帽子を深めに被った黄瀬の姿があった。なんでここに、と言おうとすると、黄瀬は長い人差し指を自らの唇に押し充て、私に黙るよう促す。…そういえばここ、本屋だった。今度は声を抑えてなんでいるの、と問えば、今から撮影、とまた抑えた声で返ってきた。

「これから電車乗ろうと思ってたら菜緒がここ入るの見えたから、俺も入っちゃった」
「ストーカーかよ」
「ひっど。昨日の素直な菜緒はどこいったんスかねー」
「っ!るさいなっ」

はいはい、と流されて、どんどん黄瀬に優位に立たれる。悔しいから足を踏んでやったら、って!なんて言うからちょっとだけスッキリした。つーか昨日の話はすんな忘れろクソ。

「もー…。つーか、見ちゃったんスか?」
「え」
「ジンクス」
「!」

黄瀬の言葉に本の内容を思い出して、落ち着いてきてたのにまたぶわっと恥ずかしさが襲う。いたずらっ子のような表情で笑う黄瀬にどんどん顔が熱くなって、更に昨日のことも相俟って黄瀬の顔が見られない。

「本当に永遠に結ばれたら嬉しいんスけどね」
「う、うるさいっ」

なるべく抑えて、でも少しだけ大きめの声でそう言うと、黄瀬は楽しそうに笑うもんだから何も言えなくなってしまった。そういう表情するのは、その、ずるいと思い、ます。

黄瀬の携帯がヴーヴーと音を立てて、ポケットからそれを取り出す。その携帯には当然、さっき私がつけたのと同じデザインのものがつけられているわけで。恥ずかしくなって目線を下げると、画面を見つめていた黄瀬は短く溜め息をついた。

「んじゃ、そろそろ行くっスわ」
「…そ」
「…何赤くなってんスか」
「な、なってない!」
「……ああ、これ?」

下ろしかけていた携帯を持ち上げて、ストラップを揺らす黄瀬。なんなのこいつ、なんでそういうこと気付くの。悔しくて恥ずかしくて、違うし、と吐き捨て目を逸らすと、そんなことはお見通しの黄瀬はくすりと笑った。

「でも、つけてくれたんスね」
「は」

な、なんで知ってんの。驚いて黄瀬に視線を戻せば、小さく笑みを浮かべながら私の腰あたりを指差してきた。デニムのショートパンツのポケットから覗く私の携帯には、先程つけたストラップがぶら下がっている。自分でつけたくせに本人に知られると途端に恥ずかしくなって、ストラップをポケットの中に押し込んだ。

「結構マジで嬉しいっス。ありがと」
「…早く行けバカ」
「ん、行ってくるっス」

はにかむように笑って私の頭を撫でると、帽子を深く被り直して黄瀬は本屋を出ていった。…さすがにお店の中だし、いつもみたいに過剰なスキンシップはしてこなかったけど、なんだかそれに違和感を覚えてしまった。普段どんだけ触られてんだよ。
黄瀬に撫でられた頭に触れる。なんだか、熱い。

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