支度を整え私を迎えにきた黄瀬と学校を出て、暗くなってきた帰り道を歩く。部活終わりで疲れてるはずなのに送るとか、わざわざいいのになんて思ったり。
しばらく歩いて横断歩道に差し掛かる。青信号を渡ろうと足を出した時、黄瀬に手を握られ少し速いペースで歩かされる。黄瀬の表情からは何も窺えなくて、前を見てみれば見慣れた人物の姿に足が止まった。黄瀬は私の手を握り直し優しく、でも少しだけ強引に私を先導する。

「よ、菜緒」

横断歩道を渡りきったところで声をかけられ、今度は自らの意思で足を止めた。恐らくそのまま通りすぎようとしていた黄瀬は私を振り返って見たけれど、私は大丈夫、の意味を込めて少しだけ笑った。察しのいい黄瀬はそれだけで感じ取ってくれたのか、何かを言おうと半開きになっていた口を閉じる。それを確認してから、あいつの方に向き直った。

「…私、あんたに話したいことがある」
「何、ヨリ戻したいとか?」
「…二人で話したいんだけど、いい」
「…いーけど」

心配そうに私を見つめる黄瀬の手をぎゅっと握り、そしてそっと放した。

「待ってて、黄瀬」
「…ん」
「…行ってくるね」

黄瀬の目を見てそう言えば、黄瀬は優しい笑顔で私を送り出してくれた。こいつが待っててくれると思えば、安心できる。頑張れる。
元彼を連れて少し歩いて、すぐ近くの公園に入った。

「何」
「…結論から言うと、私もうあんたのこと引き摺ってない」

沈黙を破ったあいつに続いて私も口を開く。前まではこの男に会うたびにつらくて悲しくて、でもどこか嬉しい不思議な気持ちだったけど、今はとても落ち着いていた。目をしっかり見つめて私の気持ちを話せば、彼は表情を変えることなく鼻で笑う。

「…あいつのこと好きになったんだ?」
「好き、とかは、わかんないけど…けど少なくとも、私の中で、あんたよりも大事な存在になったのは確かだよ」
「…ふーん」

もしかしたらおかしなことを言ってるかもしれない。けれど、これが私の本心だった。今私の中心にいるのは、間違いなく黄瀬涼太。いつの間にか、私の心を占めるのはこいつではなくなっていたのだ。

「今までしつこく引き摺ってごめん。けどもう、大丈夫だから」

付き合わせてごめんね、と残して、公園を後にした。あいつは何も言わなかった。けれど何を言われてたとしても、今の私は悲しんだり泣き出したりすることはなかったと思う。それくらい、ふっきれていた。ごめんねとありがとうを心の中で呟いて、前を見据えた。
元の場所へ向かう足取りが、だんだんと速くなる。たいした距離ではないけれど、少しでも早く、黄瀬の元に戻りたかった。笑って送り出してくれたけど、きっと黄瀬は心配してる。何より私自身が、早く黄瀬の顔を見たかった。普通のペースから、早歩き、小走りとだんだん速くなっていく。黄瀬の姿が見える頃には、こんなに速く走れたんだと驚くくらい、速い足取りになっていた。

「黄瀬!」

ガードレールに腰掛けて少しだけ俯いている黄瀬を呼ぶ。こちらを見た黄瀬の表情はやはり心配そうで、申し訳ない気持ちになった。少し上がってしまった息を整えながら目の前まで行くと、黄瀬はガードレールに寄りかかったまま私の肩に頭を預けた。

「お待たせ、ごめんね」
「…ちょー心配した」
「うん、ごめん」

黄瀬の頭を数度撫でると、私の肩から頭を離し見上げてくる。黄瀬に見上げられるなんてレアだななんて場違いなことを考えながら見つめていると、ふわりと笑った黄瀬に胸が高鳴った。

「おかえり、菜緒」
「…ただいま」

黄瀬の言葉が嬉しくて、私も自然と笑顔になった。黄瀬が待っててくれたから、私は自分の気持ちを、ちゃんと伝えることが出来たんだ。ありがとうの気持ちを込めて黄瀬の手を握ると、それ以上の力で握り返されて、なんだか安心した。

「…菜緒がそんな風に俺に笑ってくれんの、初めてっスね」
「…そーかも」
「やっぱ笑うとめっちゃ可愛いっスよ、菜緒」
「…うるさいバカ」

幸せそうに笑った黄瀬は、私を抱き寄せ再び肩に頭を乗せた。いつもは体格差もあって包み込むような包容だけど、今日は少し違う。いつものお返しとばかりに今日は私が包み込むように抱き締め返せば、ふっと息を洩らすように黄瀬が笑って、それが少し擽ったかった。

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