「菜緒ー」
「…何」

帰りのSHRが終わった途端に教室のドアが開き、当然のように黄瀬が入ってきた。もう私のところに黄瀬が来るのは日常と化してしまったようで、クラスメイトたちも特に気に止めていない。まあそれでももちろん女の子たちは黄瀬を見てるんだけど。女の子たちの視線を浴びながら黄瀬に連れ出され、着いた先はいつもの場所。

「今日は見に来てよ、部活」
「は、何で」
「強いて言うなら惚れさすため?」
「バカじゃん夢見んな」

あまり気にせず適当にあしらうと、黄瀬が私の腕を掴んだ。あっという間に壁際に追いやられ黄瀬との距離がつめられる。抵抗の意味を込めて黄瀬を睨むが、予想に反して真剣な顔を見せられ私が黙りこんでしまった。

「菜緒が見ててくれたら、もっと頑張れるんスけど」

ばかじゃないのこいつ。ほんとにばかじゃないの。長い睫毛を揺らしながら私を見つめる強い瞳は、どうやら本気で私を求めているようで。おまけに顔の横に手を付かれ迫られればもう答えなんて一つしかない。ばくばくとうるさい心臓を落ち着かせるため、黄瀬の胸に手をついて、敵わないとわかっていながら必死に押し返す。

「っ、わかった、からっ!わかったから離れろ!バカ!」
「…可愛い」
「っ!!」

黄瀬の顔が近づいてきて、思わず目を固く瞑る。唇のすぐ横に柔らかい感触がして、キスされたんだと理解した。間近で感じる黄瀬の息遣いに心臓はばくばくと忙しなく動き、黄瀬に聞こえていないか心配になる。

「…真っ赤っスよ」
「っるさいな!離れろっつってんの!」

黄瀬の胸を押すと、掴まれていた腕に力が込められた。私の力は何の抵抗にもならず、黄瀬の口元に持っていかれる。にやりと笑った黄瀬に、手の甲にキスされた。わざとらしくリップ音を立てる黄瀬を睨むと、今度は腕に舌を這わされる。艶かしい黄瀬の目つきと真っ赤な舌に、嫌でも変な気分になってくる。

「やっ、やめ…!」
「…この状況で涙目になんのは逆効果っスよ」
「っ、なりたくてなってんじゃねーよっ!」

かわい、と短く呟いて、黄瀬は私の手を解放した。すぐに鼻の頭にそっとキスを落とし、そして優しく抱き締められる。慌てて抵抗しようとしたが、黄瀬の手つきにさっきまでの強引さがないことに気付いた。

「…菜緒」
「…何」
「インターハイ、マジで頑張るから」
「…ん」
「だから、応援しててよ」
「もうしてるっつの、バカ」

黄瀬の背中に手を伸ばし、そっと抱き締め返す。そんなの、前に黄瀬のプレー見た時からずっと応援してるのに。きっとプレッシャーとかいろいろあるんだろうけど、黄瀬は黄瀬らしくプレーすればいいんだよ。その意味を込めて背中をゆっくり擦ると、黄瀬の腕の力が強くなった。掠れた声で放たれた弱々しいありがとうは、しっかりと私の耳に入ってきた。

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