『昼休み迎えに行く』

苦手な数学を放棄して授業中にも関わらず携帯を開くと、黄瀬からメールが入っていた。…今日も一緒にお弁当食べるのか。昨日のこともあるし、なんか会いづらいんだけど。
あのあと黄瀬に自宅まで送り届けてもらい(別れ際におでこにキスされた)、更にメールでも今日はありがとうと言われ、なんか、黄瀬って本当に抜かりないなあと思った。今までこうやって落とした子、何人いるんだろう。まあ何もしなくても勝手に落ちるとか言いそうだけど。

わかった、とだけ打って送信し画面を閉じる。携帯をポケットに戻すと同時に、違うものを取り出した。…昨日貰った、ストラップだ。
これ、どうすればいいんだろう。私次第、なんて狡い。だったら強制してくれた方がまだ楽なのに。
ストラップを控えめに握って、固く目を瞑る。それから逃げるかのように、授業に意識を戻した。



「ねー菜緒、部活終わるの待っててくんねっスか」
「は、なんで」

昼休み、黄瀬に連れられ訪れたいつもの踊り場。腰を下ろしてお弁当を食べる。食事を終えてお弁当箱をしまうと、唐突に切り出された要望に首を傾げた。意図が読めず黄瀬の表情を窺うと、誤魔化すように曖昧に笑われる。が、なんとなく、黄瀬の言いたいことはわかった。

「…別に平気だよ、一人でも」
「この前平気じゃなかったのはどこの誰スか」

私があいつに遭遇して、何かされることを心配しているんだろう。あんなことになって散々心配も迷惑もかけておいて平気なんて何の説得力もないのはわかる。でも別に、もう平気な気がするんだ。昨日も平気だったんだから。

「…まあ、単に俺が一緒にいたいってのもあるんスけど」

ふっと口角を緩ませて私の頬に手を伸ばす黄瀬。それを避けようと私も手を伸ばすが、反対の手で簡単に掴まれてしまう。それどころか指を絡められ、力づくでは逃げられない状況になってしまった。

「照れてる」
「照れてねーよ、っ」
「嘘つくの下手っスね」
「や、めっ」

黄瀬の手が滑らかに頬を滑って、私の唇まで辿り着く。ゴツゴツした指でそっと撫でられ、ぞく、と背筋が震えた。…前はこういうことをされると、気持ち悪くて死にそうだったのに、今はどういうわけか気持ち悪いとは思わない。や、むしろ。

「ドキドキ、してる?」

考えていたことを言い当てられ、でも認めたくなくて濁した。ああもう、だから嫌なんだ黄瀬といるのは。どう隠そうとしても見抜かれて、誤魔化しがきかない。ドキドキしてないなんて、そんなことあるはずがない。黄瀬の表情に、行為に、心臓が嫌というほど反応を示していた。

「放課後、待ってて」
「…うん」

断るなんて選択肢は、既に存在しなかった。

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