波の音と潮風が涼しさを運ぶ。いつの間にか太陽は完全に沈み、辺りは本格的に暗くなっていた。…周りのカップルたちも、それに合わせてテンションが上がってらっしゃるようで。

「…居辛い」
「そっスかー?俺は全然スけど」

ハグやらキスやらを交わす恋人たちの中、ただ並んで海を見ている私たちはかなり浮いているのだろう。柵に肘をついて遠くを眺める黄瀬の横顔は、恐ろしいくらい整っていた。…今まで散々触ってきたくせに急に距離置くとか、こいつは本当に、もう。
人肌恋しい季節でもないのに、黄瀬の体温を感じたくなってしまう。黄瀬に触れていると、なんだか安心するのだ。いつも私を包み込んでくれて、気持ちを落ち着かせてくれる。認めたくないけど、私は既にこいつに依存してしまっているらしい。

「…菜緒」
「な、に」
「ちょっとお願いがあるんスけど」

そう言うとがさごそとポケットを漁り、出てきたのは小さな包み。見覚えのないそれに疑問を示すも、私へのプレゼントだろうということは容易に想像がついた。こいつ、また勝手にそうやって…黄瀬ばっかりお金使ってるじゃんか。

「これ、貰ってくれる?」
「…値段による」
「ここでそれ聞くのは野暮っスよ」

はい、と半ば強引に手渡されたそれ。開けろと目で促され包装を開くと、そこには小さな携帯ストラップが入っていた。華奢なハートのデザインで、下の方に小さなピンクの石が埋め込まれている。もしかして、と思い黄瀬の表情を窺うと、察したようでポケットから携帯を取り出す。そこには同じデザインの、青い石が埋め込まれているストラップが控えめにつけられていた。

「…おま、」
「無理につけろとは言わねっスけど、まあつけてくれたら嬉しいなーみたいな」
「…また騒がれるじゃん」
「ん、だから強制はしねーよ。どうするかはあんた次第」

頭にポンと手を置かれ、どうしていいかわからなくて俯いた。私は、これをつけるべきなんだろうか。黄瀬の気持ちを考えたらそりゃつけるべきなんだけど、なんか、いろいろ問題があるじゃん。静止する私を見かねた黄瀬がとりあえずしまっといていーっスよ、と言ってくれたのでその言葉に甘えることにした。

「ね、あれ乗んないスか?」

あれ、と黄瀬が指差したものは、ライトアップされた大きな観覧車だった。特に断る理由もなく了承すると、黄瀬は私の手を引いて歩き出す。大きな背中を見詰めながら、掌の温度を静かに感じていた。…ありえない。私が黄瀬に、ドキドキしてる、なんて。

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