ごはんを食べた後も暫く喋って、そろそろ出ようかとトイレに行っている間に支払いを済まされてしまった。値段をいくら聞いても教えてくれないのだからたちが悪い。何度尋ねたところで、今日は俺が誘ったんだからいーの、としか答えないのだ。そういう問題じゃねーだろ。 何より一番問題なのは、ごく自然にまた手を繋いで歩いてるということだ。普通に受け入れてるけど私も反抗しろよ。
「…このあとどうするの」 「んー…ウィンドウショッピング、しよっか」
黄瀬に手を引かれ、たくさんのお店が並んでいる通りに出る。…黄瀬と一緒ってことはおいといて、買い物しばらくしてないからこれはちょっと楽しいかも。弾む気持ちで店の一軒一軒を眺めていると、くすりと黄瀬が笑ったのが見えた。…なに、なんで笑われてんの私。
「…何」 「や、可愛いなと」 「…何がだよアホ」 「あんたが笑ってんの、間近で見たことなかったっスから」
…そういえば、私黄瀬に笑いかけたことってないかもしれない。いやまあ黄瀬がからかってくるのも悪いんだけど。でもこんだけ良くしてもらっといて、一度も笑わないってどうよ。自分の無愛想さに我ながら苦笑を漏らしていると、黄瀬は繋いでいない方の手で私の頬にそっと触れた。
「な、」 「やっぱ笑顔が一番可愛いっスね。泣き顔とかもそそられるモンがあるけど」 「っ、ざけんなくたばれ変態!」
黄瀬の手を振り払い反対方向を向く。と同時に、見なければよかったと思った。向かいの歩道に見えたものは、私をこれでもかというほど重い気持ちにさせた。 敏感な黄瀬が、私の変化を見過ごすわけもなく。私の手をぎゅっと握って、そのまま先導して歩き出した。 黄瀬の手から感じる温もり。あいつと手を繋いでた見知らぬ女の子も、こんな温かさを感じているのだろうか。
「…大丈夫だよ、ごめん黄瀬」 「……無理しなくていーんスよ、別に」 「無理してない…わけではないけど、大丈夫」
ずん、と重いものがのしかかったような気持ちになったことは事実だ。けど、だからといって泣きたいとは思わない。たぶん、黄瀬がいてくれるから。それに、前ほどしんどくはない。前までだったらきっともっとへこんでたけど、今はそれほどでもないことに気がついた。
「…黄瀬のことちゃんと考えるって言ったの、私だし」 「え」 「だから、いつまでもあいつのこと引きずってないで、真面目に考えなきゃ」
…自分で言ってて恥ずかしいっつの。ああもう、なんで言っちゃったんだこんなこと。自らこいつを調子に乗らせてどうする。黄瀬の反応を窺うためちらりと視線を上に向けると、黄瀬が口許に手を宛て、斜め上に視線を逸らしていた。…え、なにその反応、なんか心なしか耳赤いんです、けど。
「ちょ、黄瀬?」 「…だめ、今こっち見んな」 「え、何あんた」 「……それ、は、かなり、嬉しい」 「…は」 「あんたが、真剣に俺のこと考えてくれてんのが」 「…ば、かじゃないの」
なにそれ、遊び人だったくせして何その反応。何赤くなってんだよこいつ。…なんで、私まで赤くなってんだよ。 視線を合わすことなく、赤い顔のまま二人しばらく固まっていた。
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