「…何ほんとに来てんの」
「迎え行くっつったじゃないスか」

日曜日の午後一時、黄瀬は本当にやってきた。…私服、初めて見るかもしれない。部屋着姿なら見たことあるけど、休日に黄瀬と会うなんてなかったから。やっぱりお洒落だしスタイルいいし、なんかむかつく。

「じゃ、行こっか」
「…どこに」
「まあ任せてよ」

するりとごく自然に私の手を握る黄瀬に、驚いてびくっと反応してしまった。意識してるみたいで恥ずかしくて、振り向いた黄瀬に悪態をつく。見んなボケ、と呟けば、可愛いなんて言ってくるもんだから余計に余裕がなくなった。くっそ、可愛いなんて言い慣れてるくせしやがって。ぎろりと睨むと、黄瀬はふっと小さく笑った。

「…なんだかんだ言いながら待っててくれたんスね」
「すっぽかしたらうるさいだろうなと思ったからだっつの」
「それでも嬉しいっスよ。それに今日、可愛い」
「…しねカス」

会って5分と経たないうちに二度も可愛いなんて言われると思わなかった。今日、とはどれのことを言ってるのだろう。一応モデルの隣を歩かなきゃならないわけだから、服も髪も化粧も靴もちゃんとしてきた、けど。なんか黄瀬のためにお洒落したみたいじゃんか。違うっつーの。
黄瀬は、相手を自分のペースに巻き込むのが上手い。今だって手を繋いで歩いてしまっているし、なんだか本当に、デート、みたいだ。…自分で黄瀬のことをちゃんと考えると言ってしまった手前、考えないわけにはいかない。けど考えると、なんだか変に意識して気恥ずかしくなってしまうのだ。

「昼食べた?」
「まだ」
「じゃ、ご飯済ませよっか」

マジバでも行くのかな、と思いきや、向かった先は個人経営の小さなお店だった。こんなとこにこんなお店あったんだ。小綺麗で雰囲気があって、一目見ただけでいいなあと思った。…けど、外の看板に値段が一切書いてない。これ、かなり高いんじゃ…。

「ねえ黄瀬、私そんなお金持ってないんだけど」
「そのへんは気にしなくて大丈夫っス。俺結構持ってきたから」
「え、でも」
「いーから入ろ」

奢ってもらったりとかは悪い、と言いたかったのに、黄瀬は喋る暇を与えず私の手を引いて店に入ってしまった。ちょ、話聞けっつーの!
抵抗することも出来ず席に通され、仕方なく腰かける。外観と同じで中もお洒落で、こんなお店知ってる黄瀬は生意気だと思った。高校生のくせに。店内も静かで落ち着いてて、けれど緊張してしまうほど堅くはなくて。センスがよろしいとこんなお店も発見出来るんですね。

「ど?いいっしょ、ここ」
「…ん、すごく」
「でしょ?ここなら煩くないし、海常生に見られて騒がれることもないだろなと思って」
「え」
「…まあ今更っスけど、あんま騒がれると生活しにくいっしょ、あんた」
「…今更すぎるっつの」

ほんとに今更だ。あんだけ付き纏われて好きだと公言されて、それで騒がれると云々ってどの口が言うんだっつの。わかってんなら最初から考慮しろよバカ。
けど、一応私を気遣ってくれたということらしい。それはまあ、ありがたい、かも。こんな格好で休日に二人でいたら、それこそデートだと思われるし。…いやまあ一応、名目はデートなんだけど、さ。
注文を済ませ暫く喋っていると料理が運ばれてくる。これまたお洒落な盛り付けで、口に入れてみると想像以上においしくて驚いた。…これいくらだよまじで。払えないなんてことはないだろうけど、これ払ったらもう今日使えるお金なんてないかもしれない。…どうしよ。

「菜緒」
「!な、に」
「お金の心配はしなくていいっスから、気にしないで食べて」
「…うん」

あいつはあれから、私を名前で呼ぶようになった。今もぴくりと肩を揺らしてしまったし、こいつに呼ばれる度反応してしまう自分が嫌でしょうがない。それに、こいつはそれをわかってて名前で呼ぶのだ。今も私がビクついたことに対して、にやっと口角を上げたことを、私は見逃さなかった。…ほんっとに、いい性格してやがる、こいつ。

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