翌日、黄瀬のジャージをこっそり持って登校した私は、どう返していいのか、というよりはどんな顔で黄瀬に会えばいいのかをずっと考えていた。号泣してるとこもひどい顔も見られて、更にはあんなこと言われて。よくよく考えれば会いづらくなるようなことしかしてないじゃん。
後頭部を数度掻いて浅く溜め息を吐くと、昨日の紙袋に入れたジャージを持って、席を立った。返すだけ、これを返すだけだ。大丈夫。ゆっくりと深呼吸して、心の準備をして。うん、よし、行こ…

「あ」
「…!」

何でこのタイミングで、あんたが出てくんの!
意を決してドアに手を伸ばすと、その瞬間がらりとドアが開いてちょうど黄瀬が出てきたのだ。その姿を見た瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックする。家の前での黄瀬の言葉が、綺麗に脳内再生された。

「あ、ちょ、待て!」

咄嗟に引き返して、走り出す。今の状態で黄瀬と普段通りに接することは、私には無理だ。とにかく奴から逃げたくて必死に廊下を駆けるも、当然の如く追い付かれる。運動神経は悪くない、と思うけど、相手がバスケ部スタメンでは話にならなかった。すぐに腕を掴まれて強制的に振り向かされる。せめてもの抵抗で、顔だけは背けた。

「もー…何で逃げるんスか」
「るさい、な」
「…照れてんの?」

真っ赤だけど、と付け加えられ、更に熱が集中するのがわかった。ああもう、なんでいちいちそういうこと言うんだよ。ドクドクと忙しなく動く心臓が、いやに煩い。つーか廊下の真ん中でこういうことすんじゃねーよバカ。めっちゃ見られてんじゃん。

「…放せバカ」
「答えろよ」
「…うっさい」
「素直じゃないっスねー」

振り払いたくても、黄瀬の力に敵うわけない。抱え込んだ紙袋をぎゅう、と抱き締めると、黄瀬は小さく息を吐いて、踊り場行こっか、と言ってきた。黄瀬と二人きりになる自信はない、けれどこのままいろんな人にこの現場を見られるわけにもいかない。思考の末渋々頷くと、黄瀬は私を掴む手をそのままスライドさせて手を握り、踊り場へと歩き出した。


「はい」
「え」
「返しに来たんしょ?それ」

手を差し出しながら言う黄瀬にああ、と納得し、紙袋を手渡した。一応洗濯はしたけど、汚れてたりしないかな。
黄瀬はそれを受け取ると、僅かに口角を上げて私を見据えた。その意味がわからなくて疑問符を浮かべると、ふっと息を漏らすように小さく笑う。

「ホントに真っ赤だったっスよ、さっき」
「っ、うるさい!」

くっそ、こいつ。言い返せないのがまた悔しくて黄瀬の胸板を目掛けて拳を突き出すも、簡単に掴まれて手を解かれ、指を絡ませられてしまった。悪化した状況に焦るも黄瀬がそう簡単に解放してくれるはずもなく、ずいっと顔を近づけられる。

「昨日のこと、意識しちゃってるんスよね?」
「っ!」
「菜緒、」
「っるせーよ!バカ!」

ああもうこいつホントに性格ねじ曲がってる。引いていた熱も再来し、本当にどうすればいいかわからなくなって手の甲で口許を隠した。あー、くっそ。

「かわいーっスよ、めちゃくちゃ」
「うるさい黙れ口開くな」
「はっ、どんだけ恥ずかしがってんスか」

黄瀬の顔が見れなくて目線を逸らす。あーもうほんとやだ、負けた気がする。反抗しても今は絶対逆効果だから、とりあえず黙っておいた。

「ね、今度の日曜」
「…は」
「約束のアレ、したいんスけど」

アレ、とは、アレのことだろうか。点数上がったお礼に、とかいう意味わかんない理由の、デート。

「いい?」
「…やだ」
「ひど!…ま、無理ではないんスね。じゃあ日曜の1時に迎え行くから」
「ちょ、なに勝手に」

独断で話を進める黄瀬に慌てて視線を戻すと、待ってましたと言わんばかりに目を細めた黄瀬。う、わ、やられた。気づいた時にはもう遅くて、鼻の頭に黄瀬の薄い唇が触れた。

「っ!」
「日曜、楽しみっスね」
「…っ、ふ、ざけんなバカ!くたばれ!」

それはもう楽しそうな笑顔を浮かべる黄瀬と、真っ赤になって責め立てる私。どちらが優位かなんて一目瞭然で、悔しくて黄瀬に思いっきり罵声を浴びせた。それすら余裕で流されてしまって、余計に悔しい思いをしたのだけれど。

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