「お邪魔、します」 「ん、どーぞ」
ちょっと待ってて、と先に靴を脱いで上がった黄瀬は、廊下を小走りで駆けバスルームに入っていった。…やっぱり、黄瀬の家は広い。高校生のくせに。頭にタオルをかけ髪を拭いながら戻ってきた黄瀬は、もう片方の手に持ったタオルを私に被せた。
「ほら、拭いて」 「…ん」 「で、拭いたら風呂」 「え、いいよ」 「だぁめ。はい、荷物貸して」
言われるがまま鞄を奪われ、ついでに羽織らされていた黄瀬のジャージも脱ごうとしたらそれは駄目、と押さえられた。一瞬疑問に思うも、意味を理解してかあっと顔が熱くなる。慌ててジャージで前を隠すと、黄瀬は小さく溜め息を漏らした。黄瀬に手を引かれ、靴を脱いでバスルームへ向かう。スカートもジャージも靴下もびしょ濡れなせいで廊下には点々と水滴が付いてしまい、それを気にしていると黄瀬はいーから、と私を脱衣所に連れ込んだ。
「制服は適当に置いといて。後で取りに来るから。どこに何があるか…は、わかるっスよね」 「ん」 「じゃ、ゆっくり入ってていーから」
黄瀬が先に入れ、とは言えなかった。そんなこと言ったところでこいつが素直に入ると思えないし、ここは、お言葉に甘えるべきところだ。 ワイシャツのボタンを外しながら、肌に貼り付く生地を眺める。びしょ濡れなのは黄瀬も同じで、私が透けてたのと同様、あいつも肌が透けてしまっていた。女子が見たら喜びそうだ。
高そうなシャンプーを数回プッシュすれば、黄瀬の髪から香るいい匂いが鼻を掠めた。簡単に洗ってコンディショナーも使わせてもらって、これまた高そうなボディソープで身体を洗った。…肩を、重点的に。バカなことだとはわかっていても、あいつに触られた部分を強く擦ることで、あいつへの気持ちも薄れればいいのにと、思った。
「…お風呂、いただきました」 「んー」
お風呂を上がれば置いていた制服は無くなっていて、代わりに黄瀬のものと思われるジャージが置いてあった。帝光、黄瀬と書かれたこれはおそらく中学の時の物で、それでもやはり私にはぶかぶかだ。何度も裾を折ってようやく着れたこのジャージには、さすが3年間着ていただけあって黄瀬の匂いが染み付いていた。…悔しいけれど、この匂いは、落ち着く。すん、と鼻を鳴らしていると、黄瀬と目が合って慌てて逸らした。
「ほら、髪、やったげる」 「え、いいよ」 「言うこと聞く」
有無を言わさぬ黄瀬に手を引かれ彼の前に座らされ、濡れた髪を優しく梳かれる。黄瀬はというと、上はVネックのシャツ、下はスウェットというラフな格好になっていて、髪もすっかり乾いていた。ドライヤーのスイッチが入り、ブオオ、という音と共に温風が髪を揺らす。黄瀬の優しい手つきが心地好くて、浸るように目を閉じた。
「…ん、終わったっスよ」 「……ありがと」
黄瀬に向き直ってぼそりとお礼を告げる。ドライヤーを片付けながらこちらを見ずにいーえ、とだけ溢すと、片付け終わって改めて私を見た。黄瀬の切れ長の目が、私を捉える。
「……ごめん、なさい」 「…違う」 「…、ありがとう」
言うと同時に、黄瀬に抱き締められた。逞しい腕が、厚い胸板が、私を包む。なんで黄瀬は、私の心を落ち着かせるのが上手いのだろう。悔しいとは思うが、事実こんなに安心できてしまっている。
安堵したら、止まっていた涙が再び溢れ出した。
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