帰り道から随分逸れたこの暗い道。街頭がぽつぽつと夜を照らしてはいるものの、やはり辺りは薄暗くて。こんなところにいるのだから、きっと見つけられはしないだろう。そう思ってたのに。

「小宮!」

振り向けば向かいの歩道から黄瀬が走ってきていて、驚いて周りの音が聞こえなくなった。反射的に逃げようとしてしまうが、私なんかよりもずっと速い黄瀬の手に掴まれ、それは叶わなかった。傘もささないで、びしょびしょに濡れて、そうまでして、私のこと探してたの。

「…何してんスか、あんた」
「…何、って」
「意味わかんねー留守電残すし、そのくせ電話でねーし、全然見つかんねーし、見つけたと思ったら逃げるし、……泣いてるし」

その言葉に慌てて目元を擦ってみるも、既に雨に濡れたそれでは何の意味もなかった。雨水で冷えきった私とは対照的に、私の手を掴む黄瀬の掌は熱い。そんなになるまで、 必死になってくれてたの。あんな留守電ひとつで、私なんかのために。

「なんで、私に構うの」
「は?」
「なんで優しくすんの。なんで甘やかすの。ほっときゃいーじゃん、こんな我が儘な奴」
「…じゃあなんで電話したんだよ」
「……黄瀬が優しくするから!私はいつもそれに甘えちゃうんだよ!」
「別に甘えてりゃいーじゃないスか」
「っ、バカ、じゃねーの、ほんとに」
「うん、わかったから。落ち着け」

黄瀬にそっと抱き締められ、さっきまでの比じゃないくらい涙が溢れた。自分から電話しといて逆ギレとか、ありえな。こんだけ探させといて普通ならキレるところなのに、なんでこいつはこんなに優しくするの。なんで背中ポンポンとかすんの。ありえねー、よ。

黄瀬の胸で泣いて、どれくらい経っただろう。雨音はざあざあからしとしとに変わっていて、私の涙もだんだん止まってきていた。黄瀬は身体を離すと、鞄から引っ張り出したジャージを私に被せ、私の頭に手を乗せた。

「…落ち着いた?」
「…ん」
「じゃ、とりあえず、俺ん家いこっか」
「は」

私の手をしっかり握って早くも歩き出す黄瀬に、理解がついていかなくて足が止まる。なんで、黄瀬の家なんか行くわけ。

「こっからだったら俺ん家の方が近いじゃないスか」
「そうだけど…」
「その格好で帰るわけ?」

確かに、こんなびしょびしょの格好で帰ればお母さんに質問攻めに遭うに決まってる。加えてこの泣き顔だ。黄瀬は何も言わないけど、きっと目も腫れて酷いことになっているに違いない。黄瀬の言う通り、この状態で帰るのはかなり辛い、けど。

「今更迷惑とかねーから。ほら、行こ」
「…ん」

そう言われて、更に手も引かれてしまっては、もう断ることは出来ない。実際、申し訳ないとは思いつつもその提案をありがたいと思っているのも事実だった。
黄瀬の手は、やはり温かかった。

×