部活が終わってへとへとの身体で着替えを済ませ、荷物を手に取ると携帯がちかちかと点滅していることに気が付いた。それ自体は全然珍しいことではないし、むしろ女からいつもいつもメールが来るから、日常ですらある。アドレスは消したとはいえ受信拒否をしてるわけではないから、結局は毎日のようにメールや電話が来るのだ。いつもならろくに開きもせずにメールも着信も削除してしまうが、今日はなんとなく、開かなければならない気がした。

『助けて、黄瀬…』

留守電に残されたメッセージを聞いて、考えるより先に足が動いていた。先輩たちに呼び止められるのも無視して、走った。

彼女はいつも、あまり俺を頼ろうとしない。結果的に頼ってくれることはあっても、自分から進んで俺に弱味を見せたりしない。そんな彼女が、こんな留守電を残すなんて。普段よりも幾分弱々しいあの声が、頭の中に木霊した。

「……くそっ」

電話をかけてはみるものの、予想通り繋がりはしない。彼女がこんなに弱るということは、十中八九あの男が関係してるはず。俺のいないタイミングを狙われては、さすがに彼女を守ってやることは出来ない。
自分らしくなさすぎて笑ってしまう。一人の女にここまで必死になって、他の男に嫉妬や怒りを抱くなんて。どれも、今まで知り得なかった感情だった。

とりあえず走ってはいるものの、どこに彼女がいるのかがわからなければどうしようもない。家に帰ってるということはなさそうだが、だとしたらどこにいるのか。何度掛けてみても繋がらないし、連絡手段がないのでは手の打ちようがない。イライラして頭をがしがしと掻くと、すぐ前の曲がり角からムカつきの根源が姿を現した。

「あ、あんた」
「…!」

小宮の、元彼だ。女を連れてへらへらしながら歩いているその姿に、怒りを通り越して呆れすら感じる。奴は知り合い?と尋ねる女にちょっとね、と意味深に返し、余裕の笑みで俺を見据えた。ぎろりと睨みをきかせ、なるべく冷静に口を開く。

「…あんた、小宮に何かしたろ」
「菜緒?……ああ、どうだった?落ち込んでた?」
「…あんたに教える義理はねえよ」
「じゃあ俺も菜緒に何したか教えねー」
「別にいいっス。あんた絡みってことがわかれば充分なんで」
「…ホント必死だね。菜緒が好きなのは俺なのに」
「そりゃ必死にもなるっスよ、こんだけ好きになったの初めてっスから。……いつまでも余裕かましてんじゃねーよ」

元彼と女を抜き去り、小宮を探すべく走る。彼女の行きそうな場所なんてわからない。自分の勘を頼るしかない。
空からはぽつぽつと雨が落ち始め、地面を濡らしていた。大量の汗をかいていた俺にはちょうどいいくらいだが、彼女は大丈夫だろうか。雨に降られ、余計に惨めな気持ちになってしまってはいないだろうか。必死になってキョロキョロと辺りを見回し続けていると、ガードレールに腰を預ける、寂しげな背中が目に止まった。少し離れているが一目でわかる。あれは、

「小宮!」

振り向いた小宮の頬に伝っていたのは、雨か、涙か。

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