「だからさ、ここは余弦定理を使うわけよ、たぶん」
「あー…なるほど」

日本史を終え二人数学に取り掛かる。何故か私が教える形になっているが、私は数学はあまり得意ではない。これ後日先生に聞いた方が早いんじゃ…。
幸いにも突き指したのは左手のため、勉強や日常生活には支障を来さなかった。突き指なんて久し振りにしたわ。相当ボーッとしてたんだろうな。
隣の男子コートから黄瀬が走ってきた時は驚いた。また女子に酷い目で見られる…と一瞬思いはしたものの、黄瀬の真剣な表情を見てその考えは消えた。これは本当に、私を心配してくれてるとわかったから。計算とかなんもなしに駆けつけてきた黄瀬に、そんなこと思うのは失礼だと思った。

「…どしたんスか」
「え、ああ、ごめん」
「…俺のこと考えてたっしょ」
「あんたのことっつーか……まああんたのことか」

それを聞いた途端黄瀬の口角が上がり、大層嬉しそうに私を見下ろす。その表情になんだか負けた気がしてお腹に肘鉄を食らわすと、これまた大袈裟に痛がってそこを押さえた。痛くなんかないくせにこの腹筋オバケめ。黄瀬のことは無視して問題集に目を向ける。…私の気持ちとかこの関係とかも、数学みたいに答えが出ればいいのに。生憎答えなんてわからなくて、自分でもがくしか道はないんだけれど。

「……ねえ黄瀬、ここわかる?」
「んー?ああ、ここ間違ってる。掛けるのはサインじゃなくてコサイン」
「あー、そっか」

顔を隠すために下ろした髪を再び耳にかけ、ひたすら問題に取り組む。…隣からめっちゃ視線感じるけど無視だ無視。つーかこいつ割と余裕そうなんだけど大丈夫なのか。私に日本史教えてばっかだし、勉強してると思ったら気付くと私のことガン見してるし。今は部活ないとはいえ仕事は普通にあるんだよね、大丈夫なのかこいつ。

「…あんた勉強しないの」
「してるじゃないスか」
「こっち見てばっかじゃん」
「あ、バレてた?」
「バレてること気付いてるくせによく言うわ」
「あー…やっぱあんた鋭いっスよね」
「いや普通だと思うけど」

黄瀬が私に手を伸ばし、頬に指を這わす。あ、やばい変なスイッチ入っちゃった。黄瀬の熱っぽい瞳に捉えられ、身動きが取れなくなる。

「……このままキスしたら怒る?」
「怒る」
「っスよねー、じゃあ、」
「わ、ちょっ」

黄瀬の顔がずいっと近付き、私の首筋に唇を押し当てた。ちゅっ、と大袈裟なリップ音を立てられ顔に熱が集中する。黄瀬のさらさらの金髪が擽ったくて身を捩ると、やっと離れた黄瀬は至極近い距離で私を見つめた。

「なに、おま」
「キスってさ、意味があるんスよ」
「は、」
「首筋へのキスは、執着」
「っ、ふざけんな調子のんなボケ!」
「って!」

黄瀬の頭を勢いに任せて殴り、そのまま顔を背け勉強を再開する。くっそ、油断した。最近優しかったとはいえ黄瀬はこういう奴なんだ。黄瀬に口付けられた箇所を押さえ、必死で問題に集中した。隣でにやにやする黄瀬をもう一度殴ってやろうかとも思ったが、今は何をしても勝てる気がしないからやめておいた。

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