「…なんで来たの」
「ちょ、第一声それ?」

あのあとすぐにチャイムが鳴り、玄関に立っていた黄瀬を招き入れた。リビングに通そうか迷ったが部屋に入れてしまった。ベッドもあるし危ないかもとは思ったが、さすがにこんな時に盛るほど黄瀬はアホじゃない。ベッドに背を預け座ると、一人分ほど間隔を空けて隣に黄瀬が腰を下ろした。…本当に、なんでこのタイミングで、なんで私が他人を求めている時に、来るんだ。

「…ごめん、なんもないけど」
「ああ、お構い無く」
「……」
「……」

何も聞いてこないで、ただ隣に座る黄瀬。私が自分から話すまで、何も聞かないつもりなんだろう。いらないことを尋ねて、私を傷つけないために。黄瀬が私の考えることをわかっているように、私だって黄瀬の考えてることくらいわかる。黄瀬は私を一番に考えて、精一杯優しくしてくれてる。嬉しいのか悲しいのか辛いのかわからなくなって膝に顔を埋めると、黄瀬の大きな手が私の頭を撫でた。

「……バカ」
「ん」
「…ふざけんな、アホ」
「ん」
「…優しく、すんな」
「それは無理っス」

黄瀬の手のひらがそっと私を撫でるから、どんどん涙が溢れてくる。黄瀬の手の温度に安心してしまって、私の口からはあいつとのことがぽつりぽつりと溢れていった。

「…別に、たいした別れ方したわけじゃない」
「…」
「重いって、めんどくさいって、フラれただけ」
「…うん」
「面と向かって宣言されるくらいだから本当に重かったんだろうけど、でも私は普通に付き合ってるつもりだったから何がいけなかったのかよくわかんないし」
「うん」
「…好きだったからそれなりに落ち込んだけど、あいつはすぐ彼女つくるし」
「うん」
「…見せつけるみたいに、彼女連れて私のクラス来るし」

なんでこんなことを、黄瀬に話しているのか。思い出してもいいことなんてないから、誰にも話さないと決めていたのに。なのに、私の口はどんどん動いた。話し出したら記憶はどんどん溢れ出てきて、あいつにされた様々なことを黄瀬に話した。その度に黄瀬が優しく頷くから、だんだんと落ち着いた気持ちになる。
…その優しさがありがたくて、辛かった。なんで私なんかに優しくするの。なんで、私なの。

「……昨日も言ったけど」
「え」
「諦めねーっスから。あんたのこと」
「……」

なんで黄瀬は、私の考えてることがわかるんだろうか。私みたいな女やめて、他の女の子と恋すればきっと幸せになれるのに。そう思った矢先こんなことを言われ、思わず黙り込んでしまう。

「俺にしろとは言わねーよ。んなこと言ったって簡単に切り替えられるわけじゃねーし。けど、俺はいつでもあんたのこと見てるし、あんたのこと受け止める」
「……」
「…あんたが、好きだよ」

黄瀬の真っ直ぐな瞳に捉えられ、何も言えなくなる。時計の秒針の音が、無音の室内に大きく響いた。

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