「束縛とか、そーいうのホント勘弁っスわ。つーかなんか勘違いしてるみたいっスけど、俺キミのこと好きでもなんでもないっスよ」

なんという現場に遭遇してしまったんだろう。帰宅途中、机に携帯を置き忘れたことに気付き教室に戻ってきたらこの有り様だ。今まさに教室に入ろうと足を出した瞬間聞こえてきたその声に、悪いと思いつつも聞き耳を立ててしまう。人間の野次馬精神は本当に大したものだ。

「一人で盛り上がるのは勝手スけど、めんどくせえ理想押し付けられても迷惑っスわ」
「き、黄瀬く…」
「うぜーよ、あんた」

うっわ…。相手の女の子は号泣しながら、私に気付くことなく出ていってしまった。…なんとなく聞いたことはあったけど、黄瀬くんって本当に遊び人なんだ。正直ドン引きである。この年でそれってどーよ。
そんなことより今は携帯だ。ぶっちゃけこの空気で、しかもまだ中に黄瀬くんがいる状態でこの教室内に入り込むのは相当ハードルが高い。が、黄瀬くんが去るまで待つなんてありえない。さっさと携帯を取ってとっとと帰りたい。どうしよう、めんどくさいタイミングで来ちゃったなあ。

「…いい加減入ってきたらどうスか?」
「え」
「バレバレっス」

自らの間で葛藤を繰り広げていると、中から私を悩ませる張本人の声が聞こえてきた。明らかに私に向けられたその言葉に、気まずさを抱きつつも素直に応じる。教室に足を踏み入れれば、先程あんなひどい言葉を吐いていたとは思えないほど綺麗に笑う彼の姿があった。

「ごめん、立ち聞きしちゃって」
「別にいっスよ」
「忘れ物取りにきただけだから」
「…ねえ、小宮サン」

いつの間にかすぐ側まで来ていた黄瀬くんが、艶を含んだ声色で私の名を呼ぶ。やばい、と思った時には遅かった。黄瀬くんが、私の腰を撫でる。

「俺の彼女、なってみないっスか?」

耳元で、やたら色っぽい声で誘惑する黄瀬くん。今の惨状を見られておいてよくそんなことが言えたな。腰に添えられた手を叩き落とし、できる限りの冷たい目線を彼に向ける。

「忘れ物、取りにきただけだから」

本日二回目となるその台詞を吐き、教室を後にした。あんなの見られといて、なんで人を彼女に誘おうと思えるのか。全くもって理解が出来ない。
…ま、私には関係ないけど。

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