昼休みに小宮菜緒と飯を食おうと教室に来てみれば、アイツの席には前の授業の教科書がぽつんと置かれてあるだけだった。購買にでも行ったのだろうか。

「あ、黄瀬くん!」
「ああ、ドーモ」
「なんで昨日メール返してくれなかったのー?すごい心配したのに!」

名前すらわからなかったからとりあえず笑顔で曖昧な返事をすると、女は猫なで声で俺に刷りよってきた。あー、うっぜーな。昨日やたら携帯鳴ってたと思ったらコイツか。名前知らねーけど。そもそも病人にしつこく連絡してくんじゃねーよ。

昨日は朝から何通もメールが届いた。まあこの女も含めだが、いろんな奴から体調大丈夫ーだとかお大事にねーだとか。うっせーから電源を切ってやろうかと思ったところで、メールしてきたのが小宮菜緒だった。欠席を確認するだけの淡白なメール。だがアイツからメールが来たという事実だけで妙にテンションの上がる自分がいた。他の女には一通も返さなかったメールも、小宮菜緒とだけはやり取りが出来る。女とのメールなんて面倒なだけだと思っていたはずなのに、何故かアイツ相手だと楽しんでしまっていたのだ。俺はいったい、どうしたのだろうか。


「…あのさ、ちょっと聞きたいんスけど」
「んー?」
「小宮っち、どこにいるか知らないっスか?」




「あのさ、小宮さん、黄瀬くんと付き合ってるの?」

女子に連れられてどこかに行ったというアバウトな情報を元に校内を探し回っていると、外階段を降りているところでようやく小宮菜緒の姿を発見した。校舎裏とはなんてベタな。女子は三人、特に男とか呼んでるわけではねーみたいだけど。階段に腰を下ろし、とりあえず聞き耳を立ててみる。ったく、女子ってなんでこんなに面倒なんだ。
必死に否定する小宮と、それを全く信じない女子。そりゃ信じねーだろ、いつも一緒にいるし今朝のこともあるし。やはり朝帰りについてもつっこまれていたが、小宮はそりゃもう必死に説明していた。看病しにいったとか、そんなん言ったら逆効果に決まってんだろ。

特に助ける義理もないため一応ここに留まってはいるが、どうしてか去ることの出来ない自分がいた。そもそも探しに来ること自体がおかしい。ただ暇潰しに落とそうとしているだけで、付き合いたいわけではない、のに。 手で口元を覆い、浅く溜め息を吐く。俺はいったい、どうしたのだろうか。

「あのさ、小宮さんが黄瀬くんをどう思っててもいいけど、でも黄瀬くんはみんなの物だから」

名前も知らない女の言葉に、先程とは別の意味で溜め息を吐いた。いつから俺はお前らみんなの物になったんだよ。ふざけんじゃねーよボランティアかよ。その割には我先にと抱いてとか言ってくるし、あまりに身勝手な物言いに吐き気がした。

「あのさ、みんなが黄瀬をどう思おうが私は関係ないし、私は黄瀬をどう思ってるわけでもないけど、でも黄瀬は物じゃないでしょ」
「、っ」

小宮菜緒の抑揚のない声に耳を傾ける。俺に好意を抱いていない小宮は、矛盾だらけのファンルールには共感しないらしい。まあ同意されても困るが。

「…そんなこと言ってないで、ちゃんと黄瀬自身のこと見てあげなよ。見た目ばっかで騒がれて、黄瀬疲れちゃうんじゃない」
「な、なにを…」
「そもそも黄瀬だって普通の男の子なんだからさ、普通に恋だってしたいんじゃないの。ファンの子たちがいるから出来ないだけで」
「…」
「応援するのもいいけどさ、もっと黄瀬の好きにさせてあげなよ」

そう言い放つと、小宮はその場を去っていったらしい。一人分の足音しか聞こえないから、まず小宮で間違いないだろう。アイツが完全に姿を消すと、女子たちは口々に不満を溢し始めた。っせーな、悪いのはおめーらだろが。

階段の柵に背を預け、目を伏せる。小宮の言葉で、沈んでいた気持ちが僅かながらに軽くなった気がした。わかったような口を聞かれるのは嫌いだが、アイツの言ったことは事実であり俺の思っていることだ。

「……」

昼休み終了のチャイムが遠くで鳴るのを、他人事のように聞いた。

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