「はあ!?やだよ!」
「だって時間ないんスもん」
「知らねーよあんたがさっさと着替えないからだろ!」
「ほら、そんなこと言ってる間に遅刻するっスよー」

ふざけてる。何が悲しくてコイツとニケツで登校しなきゃなんないんだよ。
黄瀬がだらだら着替えるから、いつのまにやら時間がなくなってしまった。コイツさえさっさと動いてりゃこんなことにならずに済んだのに!無理矢理後ろに乗らされ、自転車を漕ぎ始める。あーもう、ほんと最悪だ。せめてもの気休めで、鞄に入れていたマスクをつけ顔を隠した。

「…朝帰りだと思われる」
「朝帰りじゃないスか」
「意味合いが違う!」

他人事だと思って、ふざけんなよコイツ。あんたは別にいいだろうけど、私がどんなに大変かわかんねーのかよ。ただでさえ黄瀬と交際疑惑かけられて女子からの目線がヤバいのに、こんなとこ見られたら確実に終わる。マジで終わる。呼び出されてリンチされるに決まってる。まあ私力強いから別に勝てそうな気もするけど。

「誰だか判別できないくらいスピード出して」
「さすがに怒られるっスよ」
「勝手に怒られろよ私は逃げるから」
「なかなか薄情っスね」

なんて会話をしてたら早速、女の子の集団を前方に発見。うわあああ…マジでバレませんように。抵抗はありつつも、バレるよりはマシなので黄瀬の背中に顔を埋める。うっわ、つーか背中広。呑気にそんなことを考えていると、黄瀬が突然スピードを上げた。急に不安定になり、反射的に黄瀬の身体にしがみつく。

「っちょ、なにいきなり!」
「スピード出せって言ったじゃないスか」
「急に出すことないだろ!」

女の子の集団を一瞬で抜き去り、再び元のペースに戻す。…なんか後ろからきゃあきゃあ聞こえる気がするんですけど。しっかりと黄瀬のお腹にまで回してしまった腕を解き、また背中に顔を埋める。

「えー、なんで解いちゃうんスか」
「解かない理由がないでしょアホか」
「気持ちよかったのに。当たってたし」

さらっと最低なことを言う黄瀬に、力を込めて拳をお見舞いしてやった。マジで最低、マジでない。もう絶対触んない。いって!なんて言う黄瀬を無視してさっさと漕げと告げると、ふっと小さく笑って了解っスと返ってきた。…絶対バレませんように。


学校付近で下ろしてもらい、そこから別々に登校する。不満を言われたけどそんなん知らん私はまだ死にたくない。時計を見ると、どうやら全然間に合いそうだった。黄瀬に飛ばさせた甲斐があった。
マスクを取って教室に向かい、自分の席についたところでちょうど黄瀬が入ってきた。とりあえず机に伏せ他人のフリをする。つーか他人だし。お願いだから空気読んで去ってくれ。そんな私の願いも虚しく、黄瀬は真っ直ぐにこちらに向かってくるようだった。足音どんどん近付いてるし。

「小宮っち」
「…」
「ちょっと無視なんて酷いじゃないっスかぁ」
「…何」
「さっきまで普通に話してたのに、学校来ると急に冷たくなるっスね」

結構な音量で話す黄瀬のその言葉に、周りがざわつく。主に女子。おいまじでふざけんなそれ以上言ったらマジ殺す。その意を必死で目で訴えるも、そんなの全く気にしないで黄瀬は続けた。

「ね、今度は小宮っちの家泊まりたいっス」
「ちょ、ふざけ」
「小宮っち、朝も言ったけど、寝顔可愛かったっスよ」

教室から、悲鳴じみた声すら聞こえた。一層ざわつくクラスメイトとは対照的に、一気に凍りついてく私。終わった、単純にそう思った。黄瀬は心底楽しそうな笑みを浮かべていて、これでもかと言うほど睨むも、何の効果もなさなかった。

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