「ん…」 「おはよっス」 「…え」
目を覚ますと、すぐ目の前にいた黄瀬が意地悪く微笑んでいた。うっわ、もしかして私、あのまま寝ちゃった?
「最悪…」 「寝顔可愛かったっスよ?」 「うっさい黙れ」
あーもうほんとに最悪だ…。伏し目がちににやりと笑う黄瀬を一瞥して、再びベッドに顔を埋める。つーか腰いった、こんな体勢で寝たらそりゃ身体バッキバキになるわ。好きでもない男の家上がり込んで、そのまま泊まるとかありえない。 伏せる私の頭をゆっくりと撫でる黄瀬。昨日とは逆のシチュエーションに、なんだか頬が熱くなった。いくら弱ってたとはいえ、こんな恥ずかしいことを自らやってのけたのか私は。
「…熱は」 「下がったっぽい」
その言葉に顔を上げ黄瀬の額に手をあててみると、確かにもう熱さはなかった。ちゃんと下がったんだ、よかった。
「ありがとっス」 「…うん」
それは看病のことなのか、昨夜した話のことなのか。特に追及することはしないけど、それで黄瀬が楽になれたならまあ結果オーライということにする。 ふと時計を見ると、まだ早い時間とはいえ帰るには微妙なくらいだった。どーしよ、今からでも家帰った方がいいのかな。お母さん心配してるだろうし、さすがにお風呂に入りたい。少なくともこのまま学校なんて行けない。けど、そんなことしてたら絶対遅刻だよなあ…。そんな私の考えを読んだのか、黄瀬はさも当然のように口を開いた。
「朝シャンしてく?」 「や、さすがに…」 「いーっスよ別に。それにいちいち帰ってたら学校間に合わないっしょ」 「う…」
ど、どうしよう…。確かに帰ってたら学校には確実に遅刻する、けど、こんな男の家でシャワー借りるとか。ぐるぐると思考を巡らせていると、呆れたかのように溜め息を吐いた黄瀬が私を簡単に持ち上げた。
「っちょ、なにすんの離せ!」 「ウジウジ悩んでる間に時間なくなるっスよー」
じたばたする私をもろともせずにすたすた歩く。お風呂に着いて私を下ろすと、黄瀬はにやりと笑みを崩さないまま私を見下ろしてきた。ここまできたら入るっしょ?なんて言ってるけど連れてきたのは誰だよ!ああもう、いいや。入ると小さく呟けば、脱ぐの手伝おうか?なんて言ってきやがったから軽く蹴飛ばしておいた。タオルとか勝手に使っていーっスよ、と残して案外すぐに出ていった黄瀬。本当に去ったかどうか確認してから、制服を脱いだ。
「…上がりました」 「はいよ」
髪の水気を切りながらリビングに行くと、黒いエプロンをつけた黄瀬がちょうどテーブルにお皿を置いたところだった。え、待って、そんなことしてくれちゃったわけ?
「俺もシャワー浴びてくるから、ご飯食べといて。あ、ドライヤーはそこだから勝手に使っていいっスよ」
エプロンを取りながらそう言うと、ありがとうを言う暇も与えずお風呂に消えていってしまった。あまりの手際の良さに開いた口が塞がらない。とても昨日まで風邪でダウンしてたとは思えないテキパキさだ。 とりあえず言われた通りドライヤーを取り出して、スイッチを入れる。わ、これ高そうだなあ。絶対マイナスイオン出るやつだ。 髪を乾かしながらテーブルに置かれた朝食に目をやる。…普通にいいもんじゃんアイツちゃんと作れんじゃん。昨日キッチン見たときあまりにも綺麗だったからあんまり使えてないのかと思ったら、普通に綺麗に使ってるだけかよ。
髪を乾かし終え朝食に手をつける。…普通においしいしね。なんなのアイツ、まじで弱点なしかよ。エプロン姿も、そこらの女子よりずっと様になってたし。なんかいろいろ自信なくすっつの。ぱくぱくと食べ進めていると、ちょうどお皿が空になったタイミングで黄瀬が出てきた。
「…ごちそうさまでした」 「いーえ。どうだった?」 「…普通においしかったんだけど。なんなのあんた」 「そりゃどーも」
…つーか、なんなんだよその格好は。下は普通にスエット、それはいい。けどなんで上はなんも着てないんだよ!
「なんか着なよ。キモい」 「えー、普通の女の子は喜ぶんスけどね」 「女がみんな同じだと思うなバカ」 「でも、いい身体してるっしょ?」 「自分で言うなくたばれ」
確かにいい身体はしてる。スタイルいいし、すごい筋肉ついてるし、滴る水滴が色っぽいとも思う。けどそれに全ての女子がときめくかといえば話は別だ。キモいから早くなんか着ろ。
「ほんっと、何したら落ちるんスか、あんた」 「落ちねーよさっさと服着ろ。また風邪振り返しても知らないから」 「はいはい」
ふ、と息を漏らすように笑って、ドライヤーを手に取った黄瀬。そのさらさらの金髪を風に靡かせている間に、食器を下げて勝手に洗う。そろそろ、学校行かなくちゃ。
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